第52話 「ゾクゾクしちゃう」
「は~あ……」
背もたれに寄りかかると、ぎい……とイスがきしむ音がした。
時間をかけて作り上げた、といっても、その場の勢いとノリだけでできたモノが長くそこにあって、たった1回の出来事で壊れただけ。
「あ~……」
言葉にすればそれだけ。たったそれだけのこと。
でも、それで失ったモノは想像よりはるかに大きい。
「あんのバカ……」
そう言ったところであのへらりと返してくる笑顔はもうない。
正直ギルドがなくなったことなんてどうでもいい。そう思えるくらい隣にいたヤツがいなくなったことの方がよっぽど精神的にきていた。
「どっちが、なんて言っちゃいけないんだろうけど」
「言っていいでしょ」
アタシのつぶやきに薫が返してきた。
「ぶっちゃけ組織なんて誰かがいれば動くよ。動かない組織なんて組織じゃない」
なんだか哲学じみた返しに笑ってしまう。
「だいたいギルドっつったって誰かが勝手に言った話でしょ。誰だか忘れたけど」
ちなみにアタシは誰が言ったかってのは知らない。ギルドマスターになったときにはもうギルドという名の集まりみたいなものがあったから。
ギルドマスターも偶然参加したただの乱戦を勝ち抜いただけ。それもたまたま強い人たちがつぶし合った結果から得た漁夫の利みたいな話だからアタシ自身は何もしていない。
「組織のために死ねって話でもないでしょ。こーゆーときくらい弱くなったっていいんじゃないの?ヒーローだってぼっこぼこにされるじゃん」
「ぼっこぼこって……」
薫の言い方で顔の形が変わるくらい殴られたヒーローの絵が浮かんでしまう。
「で殴り合ったあとになんでか知らないけど、ナゾの友情が芽生えるの」
「おい」
なにかヤバイ気配がして薫を止めようとするけど、薫の目はもうここじゃないどこかに飛んでいってしまった。
「互いの健闘をたたえ合って芽生えた友情。それがだんだん別の感情になっていって――」
薫に見せられた絵面の一部を思い出して鳥肌が立ちそうになる。薫とは付き合いが長いけど、いまだにこの辺の理解ができない。……まあ、するつもりもないんだけど。
トリップしてる薫を放置してベッドに飛び込んだ。
外側は和風でリビングも畳なのに、この部屋だけはなぜかフローリングになってる。来たときからヘンな気がしてるんだよね。これ。
しかも妙に新しいし。
アタシはベッドの下をのぞき込んでみる。
「狩村っちはそんなとこにエロいの隠さないよ?」
トリップから返ってきてた薫がアタシに向かって言った。
「知ってる。どーせ仮想空間でしょ?」
「なんだ知ってたか。つまんないの」
「つってもナオだからエロっつったってしょーもないのでしょ」
「身も蓋もなさすぎる……わたしも思ったけど」
「やっぱそう思うよね」
蓮花と一緒にいるときの反応を見ればそんなことすぐにわかる。まあ、蓮花と住むようになって耐性が付くようになったから見てる方としては面白くないんだけど。
「あ」
ふと仮想空間に行けなくなったことを思い出して声が出た。
「ん?なんかあった?お宝?」
アタシが出した声に薫が近づいてきた。視線を上げてくと黒いソックスから白い脚になり、赤のスカートに変わる。その奥には紫のショーツが。
「優佳。見たいなら見たいって言いなよ。別に見せてもいいよ?減るモンじゃないし」
「バカじゃないの?減るから。アタシの中の何かが。――ってスカートめくんなあ!!」
「え~?」
ニヤニヤしながらスカートをめくりあげた薫の足を上から潰すようにグーで打ち付けた。
「いったあ!?」
狙い通り足の小指にクリーンヒットして薫は飛び上がった。
「小指、こゆびがああ……」
涙目になりそうな声で薫がうずくまった。
「まったく……」
「タンスの角にぶつけたとき並に痛いんだけど!」
「当たり前でしょ。そうじゃなかったら痛覚ぶっ壊れてるっての」
ため息を吐くと、ドンッ!と音が響いた。
「いやっはあああああ!!!!」
屋根の上から叫び声が聞こえた。
「照準、落下地点!ドンピシャでございます!さっすがアネキ!」
「だっろ!さっすがあたし!まだ鈍ってない!」
子供のように屋根の上ではしゃいでる大人たちに頭が痛くなる。
「薫、上の連中黙らせてきて」
「ムリだってわかってて言ってるでしょ」
「薫ならできるかなってくらいには思ってるけどな」
口ではそう言ったけど、実際あの人たちを止められるとは思えない。理由はカンタン。この家にあった料理酒代わりのお酒を飲んだから。
ぐでんぐでんに酔っぱらってたのに、キッチリやることはやってのけた。今は勝利の美酒に浸ってるだろう。
「あたしがトップ!ひざまずけ!!」
「はは~!!」
声しか聞こえないけど、三角屋根の上でやるような言葉じゃないような気がする。
「さっきのビルのでひっくり返ったと思うけど」
薫がモニターを指した。使い方を教えてもらってなかったら誰も使い方を知らなかったモノの1つ。ほかにもたくさんあるけど、一番重宝してるのはコレ。
「やっぱみんなで見れるのっていいね」
「ね。仮想空間じゃ誰も使ってなかったけど」
「まあ、見る必要もなかったし、使う必要もないヤツだし」
ウチらの方法は「共有」ストレージに入れるだけ。そしてファイル情報を見せたい人に送ればいつでもどこでも画面のサイズも、方向も気にすることなく見れる。
「こんなの使ってる時代にいたら不便すぎて発狂しそう」
「わかる。これとか意味わかんないもんね」
と、モニターから伸びるケーブルを手に取った。細くて硬い、なのに曲がるケーブルは仮想空間でも現実世界でも一度も目にしなかったシロモノだ。
「ナオの話だとこれの方がデバイスを使うより早いんだって」
「んなバカな」
薫が鼻で笑った。
「って思うじゃん?アタシもそう思ったの。でも――」
と、一区切りつける。期待を持たせる手法だけど、薫は単純だからこの手に引っ掛かりやすい。
「使ってみたら早かったって?」
バカにしたような言い方だけど、言葉の端にわずかな興味を感じたアタシはナオにやられたのと同じようにグローブのデバイスを差し出した。
「ものは試しって言うでしょ?ってことで」
「試供品ってあんま好きじゃないけど……」
と言いつつ、薫は手に装着した。
「で、コレも付けて」
「サングラス?あたしに悪役になれっての?」
「似合うと思うけどなあ」
薫につけさせると、意外にサマになっていた。ので、画像にして早速共有してあげる。
「わ。なにこれ。今見てんのと変わんないじゃん」
「そっそ。ってことで、はじめよっか。タイトルは――そうだなあ……」
「AIスレイヤーズ」
差し込んできた声に驚いてみるとサングラス越しにドヤ顔を決めていた。
「だっさ」
「なんで!?」
「横文字にすればウケるとか考えてそうな安直さ、訳せばそのまんまでもうね。化石だよ。化石」
「ひどくない?もうちょっとオブラートに包んでよ」
「やり直し」
「もっとひどくなった!?ってか、はじめるってなにを?」
薫が首を傾げた。
「目には目を歯には歯を」
アタシがそう言うと、薫は驚いたような目でアタシを見た。けど、それも一瞬。凶悪な笑みに変わった。
「同等の報復を的確なヤツに的確な量を。ただし、力加減を間違えないこと。やられた分以下では報復にならない。けど、やられた以上をやってはいけない」
かつてギルド同士の闘いの中で生まれた鉄の掟。昔のルールを今に引き継ぎ、具現化する。
「相手の土俵で戦ってあげる必要はない。だからウチらはその一段上。ひと昔どころか、数世紀前の仮想空間の根っこに行く」
薫のデバイスがかちゃりと音を立てた。撃鉄を起こすように。
「バーサーカーユウカの復活、か」
感慨深そうに薫がつぶやいた。
「サブタイにするには完璧すぎてゾクゾクしちゃう」
うまく薫を焚きつけられたのを確認してアタシもデバイスを付ける。
ガチガチの装備に身を包んだのが鏡に映る。
そして、アタシは心の中でつぶやく。
――第0段階、完了
すべてが終わり、新しい1が産声を上げる前の準備が整った。
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