第53話 「信頼」

バキッ!


目の前のコンクリートの端が砕けた。


僕はすぐに銃弾が来た方に向けて発砲する。


射線の少し上を通って放たれた銃弾はヒューマノイドの頭に直撃して白いしぶきを上げた。


「やっぱこのくらいじゃないとダメか……」


ライフルの反動を受けてビリビリとしびれる右手を見ながらつぶやいた。まだ現実世界での銃の扱いには慣れない。


「まあ、向こうは豆腐を撃ち抜くくらいのモノしか用意してないんだからしょうがないよ」


しびれた手を振ってると、僕の後ろにいたミオさんが近くで倒れていたヒューマノイドから装備一式を取りながら言った。


「弾なんかこんなだよ?明らかに舐め腐ってるよね」


そう言って放り投げてきた銃弾は旧式も旧式。よくこんなの残ってたな、と思うくらい古いものだった。


「それでこの装備。当たっても貫通しないんだから、奪ったとこでこんなのやられるしかないじゃん。マジでここまで来れてるの不思議なんだけど」


ミオさんは倒れてるヒューマノイドの首元に手を入れてまさぐる。しばらくすると、ふしゅーと空気が抜ける音が出る。あとは上から下へと引きずりおろすだけ。


「よっ!と。いっちょ上がり!」


ミオさんが引きずりおろすと、黒色の金属が見えた。顔もない、むき出しの機械そのものなその姿は、仮想空間のゲームではおなじみの敵兵だった。


「よっし!じゃあ、行こっか」


使えそうな装備だけ着けて、僕らは次の地点へと足を運ぶ。


「それにしても、思ってた以上に順調だね。さっきも言ったけど」


建物の中を通り抜けてると、ミオさんが言った。


「そうですか?こんなもんだと思いますけど」

「いんや。フツーはもっと敵に見つかるし、どっかでどっちかが死んでたっておかしくない。さっきだってそうだったじゃん。あんなのそれなりの戦力を集めたパーティでも4人は死んでたよ?」


4人ってパーティの最小編成だから下手すると全滅ってことじゃないか?と思いつつ、僕は返す。


「まあ、数いればそうなりますよ。一人は必ず逃げ遅れが出ますからね」

「そういうことじゃないんだけどなあ――っとお!?」


出会い頭に飛び出てきたヒューマノイドの襟を掴んで勢いそのままに壁にぶつける。衝撃で判断ができなくなったところを締め上げて動けなくしてしまう。


仮想空間で嫌になるくらいやらされた動きだけはこうして現実世界にうまいこと反映できてるようだ。


なんとか抜け出そうともがくヒューマノイドの身体からギチッギチッと音が聞こえてくる。


「あんまりやると壊れるよ?」


なんて、言ったところで無意味なんだけど、言葉が出てしまった。


それにしても仮想空間の前線より敵の数が多い。いつもならすんなり敵の拠点に行けるのに、ここまで足止めされるのは初めてだった。


「ん。ナオくんはそのままね~。えい!」


ミオさんが棒状の何かを手にして近づいてくると、おもむろにそれをヒューマノイドのお腹に突き立てた。


「よし!離していいよ」

「いいんですか?」

「うん。もう動けないから」


そう言ってミオさんが離れると同時にヒューマノイドの力が抜けた。


「死んだ?」

「うん。ほぼ即死。対ヒューマノイド用の最強ツールの1つのノイドデス!」


じゃーん!と効果音付きでミオさんが棒を掲げた。


「ノイドデス……?」


誰だよ。そのまんまな名前付けたヤツは。


「あ。ダサい、って思ったでしょ?」


ミオさんが僕の顔をのぞき込んできた。


「まあ……そのまんまですし」

「わかりやすさ重視にしたの!」

「わかりやすさってそのまんまにすればいいってことじゃないと思うんですけど」

「うっ!」


ミオさんが胸を押さえた。


「にしても、あったんですね。対ヒューマノイド用」

「あるよ。こうゆう風になるってわかってるのに無策のまま放置するわけないじゃん。まあ、今はそのほとんどが仮想空間でやってる上にヒューマノイドが絡んでてバレバレだけど」


ミオさんは手元の棒のようなモノに目を落とした。


「でも、これは違う。ヒューマノイドにあたしが作った、対ヒューマノイド用。こっちで作ったから仮想空間で知ってるのは誰もいない、正真正銘、人類にとって最強で唯一の武器」


「使ったのはさっきが初めてだけどね」とミオさんは苦笑した。


「でもやっぱりまだ完全じゃない。実戦で使うレベルじゃないかな」

「ちゃんと効果があったのに?」

「殺せても殺されない対策がないの。つまり――」

「人類にとっても毒」

「ってこと」


「よくできました」と僕の頭を撫でてきた。


「名前変えた方がいいですね。デスに」

「ちゃんとヒューマノイドに効果があったのはコレが初めてだからいいの!物理的に壊す以外の方法ができたって快挙だよ!?」


ミオさんが頬を膨らませてバシバシ叩いてきた。そんなに痛くない攻撃に僕は別の方に意識を向ける。


言われてみればヒューマノイドが物理以外の方法で壊れる話ってのは聞いたことがない。


人類は感染症にかかったり、精神的に壊れたりするけど、ヒューマノイドはそもそも感染症なんてかからないし、精神的に負担がかかればセーフモードに入って必要以上に干渉しなくなる。


「たしかに言われてみればないですね。物理的に壊す以外にヒューマノイドの対抗策って」

「でしょ?まあ、ゲームが基本そうだし。しょうがないよね。って言っても、こんな最後の武器もそう何度も使えると思えないけど」

「そうですね」


武器を使えばそれを防ぐ対策されてしまうのが世の常。回数を重ねれば重ねるほど効果は薄れてしまう。できる限り最小の回数で目的地にたどり着きたい。そう思った。


――ピンポンパンポーン


『あ~あ~マヌケな人類のクソども。聞こえるか?』

『聞こえている』


2人目の声がマイクの向こう側から何かがわずかに聞こえた。最初の声のヌシ、解放連隊のリーダーと名乗った声には苛立ちが混じってるようだ。


『そろそろ明け渡す気になったか?』

『まだ期日まで時間はあるはずだが?』

『気が変わった。すぐに出せ。地形が変わる前にな』


と、一機の飛行機が上空を通り過ぎた。見せつけるような低空低速飛行でその存在を知らしめるかのように。


『現時点で君らの要求を呑むつもりはない。聞けば結構な数の飛行機と戦艦が沈められたようだな。もしやと思うが、それが理由か?であれば、そんな感情に従うわけがないだろう』


リーダーの舌打ちが響いた。


『しかも的当てのように戦艦に飛行機がぶつかった、と聞いてるぞ。にわかには信じられない話だし、万一一個人があれほどの力を持ってのであればその方が脅威だが、今はこちら側。キミらよりもむしろ彼らの方を支援したい』


ミナさんが聞いてたら口笛を吹きそうな言葉にミオさんの顔が険しくなる。


「そんな話、乗るわけないでしょ。ウチらはもうアンタらの手から離れたの。そっとしておいて」


『はっ!ならいい。やれ』


仮想空間で単独行動しているいつもなら身の危険を感じるだろう、その言葉。けど、今はその怖さがない。


「なんですかね。このやってくれるだろう、みたいなの」


僕がそう言うと、ミオさんは「ふ」と小さく笑った。


「信頼って言うらしいよ?信じて頼る」

「ああ」


パズルのピースがはまったような感覚。


「そうか。信頼」


犬歯をむき出しにして嗤うミナさんの姿が脳裏に浮かぶ。


その後ろにあの屋台の連中がいて、先生が酒瓶を手にみんなを煽る。


今頃そんなのがウチの屋根の上で繰り広げられてるだろう。


「ミナがやるんだからウチらもやんないとね」

「そうですね」


戦闘機じゃないにしても音が聞こえてくるころには通り過ぎてる物体を撃ち落とす。


そんな芸当ができるのか知らないけど、僕らは先を急いだ。

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