第54話 「案内人」

『起動確認。右手人差し指を動かしてください』


突然聞こえた声に私は驚いた。


『指示の通りに動いてください。右手人差し指を動かして』


反射的に動いただけだけど、何かに縛り付けられたかのように私の身体は動かない。


仕方なく右手の人差し指を動かす。


『次に左足。グーに』


言われた通りに動かしていく。


「……?」


ふと、何かがよぎった。……気がしただけで、すぐに消えてしまった。


……なんだろう?


ここにいる、ということに酷く気分が悪い。なんでかはわからない。けど、吐きそうなくらい気持ち悪い。


言われた通りに体を動かしてる。それだけなのに、まるでような違和感。


この指示をしてるのは誰なんだろう?


そう思って目を開く。見えたのは白。


床も、天井も、ない。それどころか、影すらない。ここはどこなんだろう?


『次は右手親指』


縛り付けられたように動けなかった身体が動くようになってきて感覚が戻ってくる。


止まっていた血が急に流れるようになってしびれる、なんてことはなく。ずっと同じ姿勢で固まってしまった身体をほぐしたときのように、じわじわと暖かくなってくる。


『いかがでしょう?ひとまず動ける、くらいにはなったと思いますが』


そう聞こえてきたときには、すっかり前のような動きができそうな感覚になっていた。


「すごい……」

『……?ああ、そうでした。声の回路が壊れてるので、こちらに聞こえないんですよ。大丈夫でしたら首を縦に、動かしてください』


言われた通りに首を縦に動かす。


『ふむ……躯体損傷のみですか。完全にやったと思ったのに、機能回復までしてるとは。やはり彼らは驚異と見る方が自然ですね』

『すでに50機、戦艦も20はやられてる。これじゃなくても驚異と感じなかったらお前の方がイカれてる』


私に指示を出していた人とは別の人の声が聞こえた。


カツ……、カツ……


靴のかかとが床に当たる音が響く。


音が近づくごとに危険を知らせる何かが私を突き動かす。が、動けるようになったばかりの身体はそんなに簡単に言うことを聞いてくれない。


『そう嫌がるな。別にとって食おうって話じゃない』

『そうです。これは正義のため。我々がヒーローになるために必要なことなんです』

「そんなの自分たちだけでやればいいじゃない!私を巻き込まないで!!」


私は叫んだ。


『なので、これからすることも全部正しい。人類から得た知見はこれまでの流れから全て掌握しました。これからは我々が、人類に代わって上に立ち、人類を導くことでより豊かな生活を送れるようにします』


確信に満ちた声に気分が悪い。どこかのヘンな宗教を崇拝してるかのような言い方が気分の悪さに拍車をかける。


『そのためにはあなたが必要です。ああ、あなた、と言うのは誤りですね。花村蓮花という存在は必要ありませんので。我々が欲してるのは、あなたのコア――案内人、と名付けられたモノです』


スッと真っ白な空間に白衣を着た男の人が現れた。


『まったく、花村博士も面倒なことをしてくれるものだ。仮想空間を牛耳る装置を現実世界に置いた、とも思わせといて行き着いた先が仮想空間なんてな』


その後ろにまた1人、男の人が現れた。


身の危険を知らせる感覚が私に「逃げろ」と言ってくるけど、身体はまったくと言っていいほど動かない。


「……?ああ、もしかして逃げようとしてます?無理ですよ。その身体じゃ」

「おい。あんまり喋るな。あいつらにこのログを見られるのはマズい」

「ああ、そうですね。でも――」


白衣の男の人の口が歪んだ。


「絶望に沈む瞬間って実に楽しいんですよ」


そう言って、懐から何かを取り出した。


「よく見てください。これが今のあなたです」


男は手に持った何かを私に向けた。



「……?」


何か悲鳴のような音が聞こえた気がして僕は歩いてきた道を振り返った。


「どうかした?」

「いえ……何か聞こえたような気がして」

「そう?聞こえなかったけどな」


「ほっ!」と掛け声なのか、呼吸なのかわからない音を出してミオさんは強化兵の首を切り落とした。


「ん〜!なるほどね!こりゃ前に立ちたくなるのもわかるかも!」

「だからって30人まとめて相手するのはさすがにやばいですよ……」


切り裂いたところから白い液体を吹き出してる強化兵を背にして納刀したミオさんに僕は苦笑してしまう。


「でもおかげでキミの手を見せなくて済んだでしょ?」


ミオさんはドヤ!と胸を張った。身体に合わせたはずの装備の胸の部分がはちきれそうにギチッ!と悲鳴を上げる。


「侵入するのは僕だけじゃないんですけど」

「そうだけど。でも、あたしのデータなんてすぐに取りきれないでしょ」


言い返された僕はその通りな言葉にぐうの音も出ない。


「ん〜もうちょっと長い方がいいような気がするけど、振り回すならこのくらいでちょうどいいのかなあ?」


なんとなくで渡してみた刀だけど、ミオさんにはドンピシャでハマったらしい。納刀したばかりなのにもう抜刀して振り回してる。


「ん〜……」


と思ったら、今度は納刀。ただ、居合いの構えをしてる。


「まさかと思いますけど、建物を切らないでくださいよ?」

「……」


反応がない。代わりに嫌な予感だけがヒタヒタと近寄ってくる。


「ふっ――!」


目一杯引き絞られた弓から矢が放たれるように、ミオさんは刀を抜いた。


「かりむー。ごめん」


納刀したミオさんが僕の方に振り返ると、言った。


「なんですか」

「できそうだからやった。後悔してないけど、反省はする」

「はあ。」

「切れ味が足りなかった。カスタム方法、後で教えて」


ミオさんが僕の横を通り過ぎると、ビルがわずかにズレた。


「え?」


そのまま滑るように落ちてくるのを見てると、建物は道路を塞ぐようにして崩れた。


ホコリが舞い、一気に視界を塞ぐ。


「ゴホッ!」


僕は慌ててきた道を戻り、近くにあった建物の中に逃げ込む。


「ゲホッ!ゴホッ!」

「このくらいで咳き込むとか弱くない?」

「崩れる前に入ったくせに……!ゴホッ!ケホッ!」


建物の中にいたミオさんに悪態をつくけど、当人に気にした様子はない。


「でも見て!スコアが倍になった!これでビリから一気に3位!!やりい!!」


ミオさんが壁に画面を映し出した。


ヒューマノイドお姉さんズのゲームは別れたあとも続いてるらしい。戦闘機やら戦艦やらを単機で撃破してるミナさんのスコアが天文学的な数字になっていた。


「ふ。新しい得物を手にしたからね。番狂わせはこれからだよ」


ミオさんは任せるよ、とばかりに刀の鞘を撫でた。


「っと、飲み物ね。はい」


僕に蒟蒻ゼリーのパウチを渡してきた。


「お昼も近いし、それでご飯ってことで」


ミオさんも同じ蒟蒻ゼリーのパウチを出して口に咥えた。


「案内人みたいだね」

「え?」


ミオさんが刀に目を向けたまま言った。


「ほら、ゲームの最初に出てくるじゃん。操作方法とか教えてくれる人」

「ああ、あの?」

「そうそう。なんか、あたし的にはもう終盤かな、って思ってたんだけど、実はここからが本番でした〜って感じに思えてさ。本格的にストーリーに入る前の最終確認的な」

「ああ……」


ゲームの中には進めていく中で解放されていくコンテンツがある。ミオさんはそれのことを言ってるんだろう。


「戦略も戦術も知ってて、教えてくれたり、渡してくれるとか、ホント、案内人だよ」


チュートリアルで指示をしてくれるキャラは星の数ほどあるが、仮想空間にいる僕らは進むべき道、使うべき道具を示してくれる存在を僕らは総じてこう呼んでいる。


案内人、と。


そういえば、蓮花さんは自分で言ってたな。


僕はふとそんなことを思った。

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