第5話 「部屋割り」

「むふ〜」


さっきまで睨んでたのがウソのようにご機嫌な花村さん。包丁から箸に代わり、うまそうに里芋を頬張ってる。


「食べないの?」


と、花村さんが首を傾げる。


あの後、一か八かの賭けで「似合ってる」「かわいい」とあれこれ褒めまくった。


それが功を奏したのかはわからないが、花村さんの機嫌はご覧の通りすこぶる良くなった。


おかげで僕は包丁の餌食にならず、今もこうしてなんとか生きている。


「?どうしたの?」

「いや……」


それにしても風呂に入って出てきただけの間でこんなにできるのか?と思うくらいのおかずが並んでる。


焼き魚に煮物、そのほかにも小鉢がいくつか。


偏見かもしれないけど、茶色の髪でかわいい見た目だったら料理できないだろうな、と思っていた僕の予想を大きく覆した。


とはいえ、重要なのは見た目より味。いくら見た目がよくたって、うまくなきゃ今後に関わる。


そう思いつつ、僕は煮物の人参に箸を入れる。記憶がたしかなら僕が風呂に入ってたのは30分そこそこ。なのに、なんでだろう?箸がスッと抵抗なく刺さった。


と、正面から視線を感じた。


人参から視線を感じる方に目を移すと、花村さんが僕を見ていた。


「気にしないで。どんな反応するか気になるだけだから」

「そんなこと言われて『はいそうですか』って言えるヤツがいたらあってみたいんだけど……」


僕がため息交じりに言うと、クスクス笑った。


「まあまあ。いいじゃん。せっかく作ったんだから。同級生の女子の手料理で一緒に晩御飯なんて経験レアだよ。レア。どんなに徳を積んで転生してもできないって」


そう言ってローテーブルの下から足で突っついて来た。


そう言われるとそうなんだけど、だからって見ていいか、と言われれば話は違う気がする。


僕がうんうん唸ってると、スッと箸が伸びてきて、鶏肉を奪っていった。


「あ!」


と声が出たときには、花村さんの口の中に入ってしまった。


「ん~……んふ。うま」


ムカつくくらいいい笑顔。


睨んでもしょうがないと思いつつも睨んでしまう。


「いらないなら食べるけど?」

「自分のがあるだろ。自分のが!」


僕はそう言って箸に刺したままの人参を口に入れた。


「……うまい」

「でしょ?自分でいうのもアレだけど、なかなかいい感じにできたと思ってるんだ」


花村さんはそう言って今度は焼き魚に箸を伸ばした。


「部屋のことだけど」

「ああ、うん」


食べ終わって後片づけを済ませた花村さんが戻ってきた。


「私が2階全部使っていい?」

「2階全部?ズルくない?1階ってここと向かい側しかないじゃん」

「あるよ。こっち側も」


と、花村さんは僕の後ろにあるふすまを開けた。


「広さ的にはたぶん2階全部と向こう側とこっち合わせて同じくらいだと思うけど……ダメ?」


そう言って上目遣いで僕を見てきた。かわいいってこういうとき武器になり過ぎるのズルいと思う。


「いいけど……」

「ふ。やった!あ、ちゃんと掃除とかはするから。そこは安心して。狩村くんもできる範囲でいいからやってくれると嬉しいけど」

「はあ……」


掃除なんて都会にいたときはロボットが勝手にやってくれてたからやったことないんだけど。


と、ロボットで思い出した。


「そう言えば先生から何かもらったっけ」

「ハルちゃんから?」


カバンから箱を取り出して、開封する。カーボン繊維でできた箱は、頑丈で軽く、今の輸送に梱包材の主流になってる。


開封は虹彩認証でやる。仮想空間はそのデータ量から虹彩の細かい再現まではしないため、複製しにくいんだとか。


ピピッ!と音を立てると、カチャンとロックが外れた。中にはカードが1枚。それと、餞別と書かれた紙。それだけ。


「なんだこれ?」


と、手に取った瞬間、カードの色が変わった。


「あ、それ学生証。それがないと学校に行ったって証明できないんだって」

「ふーん」


こんなカードで出席取るの?不正し放題じゃん。


「仮想空間へのIDにもなってるからなくさないようにって」

「こんなのなくすでしょ。もっとほかの手段ないのかよ」

「あ、離すと――」


花村さんが最後まで言うのを聞かず、僕は学生証をテーブルに投げた。


――ビヨビヨ!


ものすごい音が響きだした。耳がおかしくなりそうなくらい大きな音だ。


「なんだ!?」

「早く取って!!」


言われるがままに学生証を手に取る。耳をつんざきそうな音はピタッと止まり、静かになった。


「わかったと思うけど、身体から離れるとものすごい音で鳴るの」

「もうちょっと早く言ってよ……」


音が耳にこびりついておかしくなりそう。


「ってことは、風呂に入るときもこれ持ってないといけないの?」


だとしたら邪魔だしめんどくさすぎる。早急に代替手段が欲しい。


「私はこれにしてるけど――」


と、花村さんは服の中からペンダントを取り出した。


「でも、これにするにはまず仮想空間にアクセスしないと」

「ああ。そういえばそうだっけ」


都会にいたときはほとんどの時間を仮想空間で過ごしていたため、最初のアクセス方法なんかすっかり忘れてしまっていた。


それにしても仮想空間にアクセスするものを変えるだけなのに、わざわざ仮想空間に行かないといけないとは面倒な話だよなあ。


「言っとくけど、学校に行かないとないからね?」

「マジ?」

「マジ。ウソだと思ったら探してみ?ないから」


仮想空間へアクセスするには専用の設備が必要で、いまどきの家なら確実に入ってる。


花村さんの言葉を信じられないわけじゃないけど、冗談だと思った僕は一通り家の中を探してみる。


が、どんなに探してみてもなかった。


「2階は?」

「あんなゴツい2階に置けるわけないでしょ?……もしかして、そっちの都会はあったの?」


花村さんの問いに僕は頷いた。


棺桶のような形をした筐体は建物を建てるときに入れないと動かせないほど重く、認証してしまったら少なくとも壊れるまではずっと同じ筐体を使い続けることになる。


メンテナンスはヒューマノイドが定期的に来てしてくれる。だから人類が自分でわざわざ現実世界に戻る必要はない。


基本的に1つの筐体に対して1人の割り当てだが、学校は例外でなぜか共用できる。どういう仕組みなのかは大人も含めて誰も知らない。


僕らが知ってるのは、学校以外は1対1でしか使えない。それだけ。


話が逸れたけど、僕が住んでいた都会のマンションは、筐体を組み込むことを前提にした建物。だから1つの部屋に最大5人分の筐体が置かれている。


「最大」なのは、部屋の間取りによって前後するため。1Kなら1台だし、3LDKなら5台。もちろんその間もある。


「へえ。アレが部屋に1台、か……やば……」


そんな話を花村さんにすると、感心したのか、引いてるのかわからない声が漏れた。


「なら、一応見てみる?ないけど」

「一応ね」


トントンと階段を上がっていく。制服のままの花村さんのスカートが目の前で揺れてる。


左右に揺れるスカートに目を奪われてると、一番上にたどり着いた。


1階と同じように真ん中に廊下があり、それを挟むように左右に襖で閉じられた部屋があった。


「これ全部花村さんが使うの?」

「いいでしょ?こっちが服と寝るとこで、こっちが勉強用。分けないと全然勉強できないから」

「ふーん」


と、花村さんは左右の襖を開けてくれた。


ここも畳なのかと思ったら、下は木の床。衝撃吸収のクッション材が入ってるらしく、踏み入れるとちょっとフワフワしてる。


一通り見回してみるけど、見た感じ仮想空間への筐体があるようには見えない。


「ないでしょ?」

「ないね」

「はい。じゃあ、ここまで。さっさと帰った帰った」


花村さんはそう言って僕を階段へと追いやった。


それにしてもめちゃくちゃいい匂いだったなあ。

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