第4話 「疲労困憊の対価」

「はあ……ひい……もう……ムリ……」


なんとか家に着いたけど、体力が底をついた僕は玄関の床に仰向けに倒れた。


「体力なさ過ぎじゃない?都会ってみんなそんな感じなの?」


花村さんは「よっこいしょ」と僕の隣に座った。フワッといい匂いがしたけど、僕の語彙力じゃ表現できない。甘いような、それでいて落ち着くいい匂い。


もっと近くで嗅いでみたい気持ちもあるけど、それ以上に疲れすぎててカラダが言うことを聞かなかった。


「現実世界より仮想空間の方が遊べるんだよ。っていうか、こっちなんもないじゃん。学校終わったらどうすんの?」


僕は花村さんの匂いから気を紛らわせようと、聞いてみた。


娯楽にまみれていた都会と違って、ここにはそういう施設がほぼない。駅も少し回っただけだけど、それでも娯楽と呼ぶにはたかが知れてる印象だった。


「似たようなモノだよ?ハルちゃんがあーは言ってはいたけど、ずっとこっちにいろなんて律儀に守ってなんてないって」


「だいたい仮想空間の方がいろいろあるのはこっちも一緒。娯楽施設も向こうの方が多いよ。さすがにそっちの都会には負けるけど」


花村さんはそう言ってゴロンと僕と同じように寝っ転がった。


「でも、それもIDがあればの話。なくなっちゃえばアクセスできないよね。あ、そうだ。わかってると思うけど、ウチの学校制服だよ?どーするの?」

「さあ?さすがに用意してあるんじゃない?」


と、僕はキャリーケースに目をやった。


「その中に?」

「わかんないけど」


横になってしばらく経ったことで、少し体力が戻った僕はここまで苦行を強いてきたキャリーケースを開けた。


「趣味悪……」

「だから僕が用意したんじゃないんだって」


キャリーケースの中に入っていたのは、大量の服と5キロのダンベルが2個。なんでこんなものを入れてるんだ。重いワケだよ。


しかも入ってた服は白と黒しかない。モノトーンならいいけど、胸とか背中にデカデカとクソダサいプリントが入ってる。


「わ。これアニメのキャラTじゃん。こんなのも持ってきたんだ」

「だから僕が用意したんじゃないってば……」


花村さんは僕に断りもなく、キャリーケースから服を出してどんどん広げていく。出せば出すほどダサい服ばかりでそのたびに視線がキツくなってくんだけど、これって僕のせいじゃないよね?クソ親父め。今度会ったら文句言ってやらないと。


「あ、そういえば家具も入れられてると思うから見といてって言われてたんだった。見ていい?」

「好きにして……」


花村さんは広げた服をそのままにして、バタバタ足音を立てて家の中に入っていった。


外から見る余裕はなかったけど、玄関を真っ直ぐ進んだ奥に階段があった。ってことは、少なくともここは2階建て。花村さんはその階段を上がっていった。


「はあ……よっと」


花村さんに広げられた服をそのままにして僕も家の中を探索してみる。


廊下を挟んで左右に引き戸があってその奥にはドアノブが左右に2つ。右側にはもう1つ付いてるからたぶん風呂とトイレかな。開けてみると、思った通り。向かって右がトイレで左がお風呂だった。


廊下に戻って今度は廊下の左側にあるドアノブを回すと、キッチンがあった。


「ってことはリビングがこっちか」


装飾が入れられたガラス戸を開けると、畳とローテーブル、座布団だけの部屋が姿を現した。


「へえ。和風ってヤツか」


仮想空間で見たことはあるけど、現実世界で目にするのはこれが初めて。


足を踏み入れると、草の匂いと床よりほんの少しだけ柔らかい感触が足に伝わった。


「ん?」


ふと、妙に足が滑る気がした。


よく見ると畳に方向があるのに気づいた。僕は試しに手でその流れに対して直角になるように手を動かしてみる。


「む。動きにくい。……ってことは」


畳の流れに沿って手を動かすと、驚くほどスルスル動く。


「へえ。これが畳」


横になってみると、床より寝やすい。


「あ~……」


と、横になってると、トントンと階段を下りてくる音が聞こえた。


「あれ?狩村くん?どこ?」

「ここ」

「え?どこ?」


なんだか困ってるような声が聞こえてくるけど、疲れ果てたカラダにムチが打てるほど、僕は強くない。テキトーに声を上げて花村さんが見つけてくれるのを待つ。


ガラッ!


と、廊下側の引き戸が開いた。


「なんだ。こんなとこにいたの?探しちゃったじゃん」

「疲れて動けないんだよ……」


僕がそう言うと、花村さんは溜息を吐いて近づいてきた。


「動けるようになったらお風呂に入ってきて。ここが汗臭くなる」

「わかってる……」

「じゃ、私はご飯作るから。よっと」


僕の身体をまたいだ花村さんはそのままキッチンに行って冷蔵庫の中を漁ってる。――って、え?


「なんで冷蔵庫の中あるの?」


買い物なんてする余裕も時間もなかったはず。なんで冷蔵庫の中、それも初めて来るはずの家のモノを開けられるんだ?


「そりゃ、昨日頼んだからに決まってるじゃん。あ、聞いてると思うけど、私もこの家に住むから」

「へ?」

「学校にいるときに言ったと思うけど?案内役と生活のサポートって」

「聞いたけど――」


住むなんて聞いてないぞ。


「ちなみに拒否権あるけど、そうなると私はこのクソ暑い中家ナシになります。あ、段ボールだっけ?箱の中に座ってたら拾ってくれるかな?」


そんなことしたところで拾ってくれるのは、ヒューマノイドかグレたヤンキーしかいない。前者ならいいかもしれないけど、この見た目だ。ヤンキーだったらどんなことされるかわかったもんじゃない。


追い出したら目覚めが悪くなる。


「一緒に住むってそっちはいいの?」

「ダメだったら最初から断ってるよ」


そう言いながら冷蔵庫から材料となる野菜を取り出していく。


「許可とかは――」

「それも取ってる。っていうか、おじさんに頼まれたんだから最初から狩村くんの外堀は埋まってるんだよ」


僕が言い切る前に被せるように言った。


「はあ……ならいいや。好きにして」

「やった!」


花村さんは包丁を取り出して材料を切ってく。手慣れてるのか、鼻歌まじりで楽しそう。


と、視界の端にピンク色の何かを捉えた。


なんだろう?と顔だけ向けると、見えていたのはスカートの中。つまりはパンツ。


花村さんは料理に集中しててまだ気づいてない。


というか、先生といい、花村さんといい、ここの女子はこんなに無防備なのか。


僕がいた都会じゃこんな光景そうそう見ることなんてない。女子のほとんどはスカートを履くときは、見えないようになんらかの対策をしてる。


一番多いのは見られてもいいパンツ、いわゆる見せパンで、コレを見たときの男子の顔はなかなかおもしろいらしい。


2番目に多いのはスカートの中を真っ暗にしたり、真っ白にしたり、とアニメさながらの隠し方。


仮想現実を使ってる人には特に有効だとかで、今は子どもも含めほとんどの人類が仮想現実を使ってるため、これもまた女子に人気がある。


ちなみに仮想現実も使うにはIDが必要。だから今の僕が見えてるのは、仮想で装飾されていない、混じりっけなしの本物の世界。


鼻歌混じりで動くピンクのパンツとプリンプリンのお尻をボーっと眺めてると、急に鼻歌が止まった。


「ねえ」

「なに?」


視線を花村さんの方に移すと、僕を睨んでる。


「もしかしなくても見えてるでしょ?」

「……なにが?」


やったらバレるだろうなと思いつつ、花村さんの視線に耐え切れない僕は目をそらす。


「スカートの中!見たでしょ!目をそらすな!!」

「不可抗力!!ってか、包丁!危ない!!」


逃げたいけど、疲労困憊の身体はいうことを聞いてくれない。というか、こうして近づいてくると、スカートの中がさらに鮮明に見える。


ただピンクの布だと思ったら、小さい花がちりばめられてる。


僕は一か八かの賭けに出た。

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