第3話 「坂道と階段」

「よっし!じゃあ、これであとは帰る……じゃない、おウチに案内しないとね。って言っても案内するのは花村さんだけど」


先生は「ちょっと待ってて」と言って席を外した。


「ふう……」


壁にかけられてる時計を見ると、短針が3を指していた。


「15時、か」


朝いきなり起こされて家を出されたのが8時。そこからリニアと新幹線、鈍行列車と乗り継いで駅に着いたのが14時。


「そう言えばお昼食べ損ねたな……」


ここまで怒涛の勢いだったからお昼のことをすっかり忘れていた。そもそも電子決済もできないし、仮想世界にアクセスもできない以上、昼飯が食べたくなったとしても何も買えないんだけど。


「お待たせ。もうちょっとしたら花村さん来るから」


と、先生が戻ってきたタイミングで僕の腹が限界の悲鳴を上げた。のに、先生の顔が真っ赤になった。


「わ、私じゃないからね!?ちょっとゲームやってて時間忘れてただけ……」

「僕のなんで大丈夫です……」


この先生、こんな無防備で大丈夫か?僕はそう思わざるを得なかった。



「お弁当は2個まで。おにぎりなら5個までで勘弁して……」

「そんなに食べませんよ……」


初対面なのにあまりにグダグダになってしまった先生は、顔を覆ったままコンビニの中に入っていった。


「便利な店」と付けられただけあって小規模なのに食べるモノがそこそこある。管理は全部AIがやってくれるので、それまで人類がやっていた品出しや期限切れの処理も全部自動。


決まった時間にトラックがやってきて廃棄のモノと入れ替えに新しいものを補充していく。


コンビニの姿はかつての人類がため込んだ英知が自動化としてAIが受け継いで惜しみなく発揮されてるいい例だろう。


決済も自動だから店は無人。一応ヒューマノイドがいるらしいんだけど、都会にいた僕でもその姿を見たことはない。


会計を済ませた先生と一緒に職員室に戻る。


「お腹鳴ってたのにそれだけで足りるんですか?」

「う……いいの。大丈夫。あと3時間乗り切れば帰れるし」


そう言いながらサラダチキンの封を開けた。器半分ほどの野菜の上に鶏肉の塊が鎮座してる。


「たくさんは食べないから。いい?さっきの出来事は忘れること」

「はあ……」


僕はシーチキンマヨのおにぎりの封を開けながら言った。


容器をカパッと開けるとおにぎりが入ってる。僕は取り出して回収ボックスに放り込んだ。


「失礼します」


と、ノックの音とともに女子生徒が職員室に入ってきたのは、ちょうど先生がサラダチキンを食べ終わったところだった。


「ハルちゃん、またそんなショボメシ?もう少しマトモなの食べたら?」

「うっさいな。ってかハルちゃんって呼ばないでって言ってるでしょ?これでも先生なの。大人。偉いの」


ふすと鼻を鳴らした先生は女子生徒に向かって大きな胸を張った。胸元にいるネコがかわいそうなくらい伸び切ってる。


「ちゃんとしたご飯を食べたら考えるね」

「ぐぬぅ……」


女子生徒の視線が唸る先生こと、ハルちゃんから僕に移った。


「狩村くんでいい?」


ハルちゃんより低いけど、高い声。肩まである髪は明るい茶色をしている。


「あ、ああ。はい」

「話は聞いてる。家への案内と生活のサポートしてって」

「生活のサポート?」

「生活力ゼロっておじさんに聞いたけど?」


女子生徒は首を傾げた。かわいいな。親父め。こんなかわいいコと知り合いだったのか。


僕は心の中で舌打ちをした。


「じゃ、あとは花村さんに任せていいかな?」

「ん。あ、ちょっとまって」


と、トコトコ先生のところに近づくとおもむろに脇腹をつまんだ。


「ひゃあ!?」

「付いてるじゃん」

「だ、だから!今頑張ってるんじゃん!!」

「もうシーズン過ぎたのに?今年こそって言ってたけど、行けた?」

「ぐっ!」


「ふ」と花村さんは笑った。


「もう!いいから授業終わったんでしょ!?さっさと帰った帰った!」


シッシッと顔を真っ赤にしながら手を払う先生に「よろしく」と伝えて僕は職員室を出た。


「あ!学校の中の案内は休み明けね!まずは生活をちゃんと立てること!いい!」


と、後ろから先生の声が響いた。


「はーい!」

「狩村くんの方だからね!!」


僕は花村さんの元気な返事とは対照的に頷くだけで返した。先生はそれでも満足したようで、職員室の中に戻っていった。


「エレベーター使っていいのかな?」

「いいんじゃない?重いでしょ、それ」


と、花村さんはエレベーター前まで行くとボタンを押した。


「キャリーケースってはじめて見るなあ」

「そう?」

「うん」


到着の音もなくエレベーターのドアが開いた。


「どっから入ってきた?」

「僕?僕は向こうだけど……」

「じゃあ、出たらそこで待ってるから」


下駄箱の前で花村さんはそう言うと、さっさと下駄箱の方に行ってしまった。


僕は急いで来客側の下駄箱に向かい、靴を履き替えて合流する。


「じゃ、行こっか」

「うん」


僕は花村さんの後にくっついてくカタチで歩いてく。


校庭の端っこを通り、下り坂になってるわき道に入る。キャリーケースが勝手に進んでいかないように抑えながら歩いてくと、門が見えた。


「いつもここから来るの。たぶんこっちからの方が近いから覚えといて」

「はあ」


気のない返事をしてると、花村さんが僕を見てるのに気が付いた。いや、正確には僕が持ってるキャリーケースだけど。


「ねえ。ちょっとやってみたいことがあるんだけどやっていい?」

「キャリーケースでこの坂を下るのは危ないと思うけど」

「大丈夫大丈夫!これでも運動はできるから!」


と、花村さんは有無を言わさず、僕のキャリーケースを取った。


「激突しても何もできないからね?」

「だいじょーぶだって!とう!」


花村さんが勢いを付けて乗っかったキャリーケースは、重力に引っ張られて速度を上げる。


「ひゃああああ!!とま!止まらない!止まらない~~!!」


声をドップラーさせながら壁に向かっていく。


「だから言ったのに……」


花村さんは壁にぶつかる寸前でバランスを崩してコケた。


「いたたた……」

「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ほら」


花村さんは駆け寄った僕に向かって大丈夫アピールをした。


「や~危ないね。もうちょっとで激突するところだった」

「だから言ったじゃん」


ケラケラ笑う花村さんに僕はため息交じりにつぶやくしかない。


「なんもなかったんだからいいでしょ~?」


と、道路に出る下り坂を歩く花村さんが言った。


「あ、そうだ。その重さだと家までキツいかも」

「キツい?」

「うん。だって坂ばっかだもん」

「マジか……」


学校まで行くのすらキツかったのに、まだキツいのか……。


花村さんと歩くこと10分。


目の前には目を覆いたくなるほどの難所が待ち構えていた。


「……ほかの道は?」

「あるわけないじゃん。これでもまだマシな方だよ?これから学校に行くルートは階段だけだし」


そう。目の前にあるのは階段。誰がどう見ようと階段。コンクリート製で転んだら痛いじゃすまないくらい硬そうな階段が目の前にあった。


「車が通れる道より階段の方があるんじゃないかな」

「マジで?」

「マジで。ま、落としたら大変だからゆっくり行こ。手伝ってあげられないけど」


なんて花村さんには苦笑いを浮かべてる。


まあ、ムリもない。


ここまで来る途中で「手伝う」と言ってキャリーケースの取っ手を僕から奪ったんだけど、坂の角度とキャリーケースの重さに負けて足の上にキャスターを乗せてしまったのだ。


幸い、足の指はなんともなかったけど、涙目で突っ返してきたのは、言うまでもない。


僕がヒイヒイ言いながら持ち上げてるのを見ながら花村さんは1段1段進んでいく。


「そんなに重いって中何入ってんの?」


花村さんがキャリーケースを指した。


「親父が用意したから僕は知らないよ」

「え。自分で用意したんじゃなくて?」

「起きたら今すぐ引っ越せだよ?そんな暇あるわけないって」

「ふうん」


花村さんが「ちょっと休憩ね」と足を止めた。


「はあ……はあ……あ~キッツい!」

「家に着いたらまずお風呂に入って。電気も水道も通ってるから。ご飯は……しょうがない。作ってあげる」

「ありがたいわ……」


案内役とはいえ、一緒にいるのがかわいそうになるくらい汗だくで申し訳なくなる。


呼吸が落ち着くと、花村さんはまた歩き出した。


「あとちょっとだから。このまま家までノンストップね」

「へーい……よっ!と」


花村さんに応援されながら階段を上ることさらに10分。


ようやく僕が住む新居にたどり着いた。

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