第1話 「旅路」

――タタンタタン……


列車を乗り継ぐこと6時間。

僕は海沿いの町に向かう列車の中にいる。乗り換えは最後って聞いたけど、まだ海は見えてこない。


自動運転システムを搭載した交通網の発達で今では鉄道を使う人は少数派だ。


かつては全国に張り巡らされていた鉄道網は「網」という字を当てるのがおこがましいほど廃線が続き、輸送網は壊死状態になった。末端の路線が消え、幹線としていた路線も支線に格下げされ、大動脈だけになりつつあったところで「このままだと輸送に影響が出る」とようやく事態を重く見た国が、公的資金を注入した。鉄道が人だけの輸送に限った話ではないということに気付いたことで、ここ最近になってようやく穴だらけだった鉄道網が「網」として機能するようになり、流通がスムーズに戻りつつある。


国が拠出した莫大な予算によって、鉄道網は未整備のエリアを除いて全て電化された。SLと同じようにかつて一斉を風靡していたディーゼル車は姿を消したが、引き換えに壊死状態になっていた鉄道網の再整備をする際、電化の全国整備と一緒に、ほとんど実用化できるまでになっていた自動運転システムを導入することが可能になった。


自動運転システムは自動車にも組み込まれた。今では自分で運転する人よりAIに任せて自分はただの乗客に成り下がってる人の方が多い。自動車も鉄道と同じように、その大半が電気で駆動するシステムを採用しているため、燃料という概念は教科書の中でしか知ることができない。


自動化の波は仕事そのものにも押し寄せた。


その大きな転換点になったのは、ヒューマノイドの実用化とそれに合わせた遠隔操作システムの実用化。家の中に液体を満たしたカプセルを組み込むことで、ヒューマノイドが伝える感覚をダイレクトに得ることができるようになった。膨大な情報量の送受信ができるようになった通信網の進化により、途中で切れることもなければ、ラグが生じることもない。


遠隔操作システムを利用することで、現地にいるヒューマノイドを遠隔で操作し、ヒューマノイドに技術を伝えながら、作業もできる、という一石二鳥の状況を作ることができた。


ヒューマノイドの実用化によって、全ての業種でほとんどの人が家にいるまま仕事ができるようになった。


仕事の大半はヒューマノイドが行うようになったことで人による都市化の流れは消えた。


かつて都会だった場所はヒューマノイドの活動場所になり、人間は都会から離れた自然の多い地域で生活するようになった。生命活動をしないヒューマノイドは換装を繰り返しながら常に更新していく。


ヒューマノイドの工場はかつて都会だった場所に集中し、生産した場所で学習し、そのまま仕事に入る。必要があれば、人間が遠隔でパラメータを調整したり、介入してインプリントする。


今の人類の仕事はヒューマノイドが正常に動いてるかときどきチェックするだけ。富はヒューマノイドが自動的に生み出してくれる。


かつて「ブラック」なんて言葉があったが、人間ではない彼らにその言葉は当てはまらない。ヒトが「貧乏暇なし」なんて言われた時代はとうに過ぎた。


仕事はやりたいときにやりたい分だけやる。そこにノルマは存在しない。研鑽したい人は研鑽すればいいし、そこに価値があると思えば、購入することもできる。


そうしてある種、仕事の丸投げに成功した人類は、「適度に」仕事をして「適度に」休暇を取る生活を実現させた。


技術はヒューマノイドが受け継ぎ、人類は彼らが望んでいた希望を手に入れた。


そんな人類は、新しい技術の研究に着手した。


「――と、ここまではいいか?」


誰も反応しない。

電車の中だけど、僕は今授業中。


必要ないって言ったんだけど、名前もよくわからない予備校の歴史の授業を受けている。


教壇に立つ彼は、一番最初の言葉を発していたときの悲壮感は見る影もなくなり、淡々と授業を進めていく。


「じゃあ続きだが――」


と、視界の端に映っていた木々の緑とトンネルの黒だけだった窓の向こうの景色が一気に開けた。


「海だ……」


父さんの話だと、瀬戸内海というらしい。たしかに地図で見たように、島が点々とあるのが見える。


数時間前までいた場所の海とは違って、こっちは水の色が青く澄んでいた。


「まもなく――」


列車のアナウンスが目的地の駅に近づくことを知らせる。


僕はバックグラウンド状態にして、端末を閉じた。



電車を降りるとすぐにここが都会ではないことを実感した。


「けほっ!なんだこの臭い」


仮想空間で近くまで来たことはあったけど、こんな臭いはしなかった。


「ああ……鼻が曲がりそう……」


ホームにいた人たちは平然とした顔で改札を出ていく。


仮想空間も実用化してしまった今では、人類のほとんどが仮想空間の住人。それでもたまにこうして現実に戻ってきて旅に出る人たちがいる。けど、ここにいる人たちは見た感じここに住んでる人たちのようだ。


じっとりとした暑さの中、僕は改札をくぐり、外に出る。


鉄道の大部分を失ってしまったが、ここはかつての軍港。


軍の施設もあって、ここは鉄道網から切り離されることなく、今もその姿を残している。


「残してるって言ってもだいぶ錆びてるけど……」


これが塩害ってヤツか。事象と名前だけは知ってたし、仮想空間でも見たけど、実物は全然違う。


赤く錆が浮いた柱に触れてみる。ザラっとした感触がしたと思ったら、何かがポロポロ落ちていく。これは仮想空間じゃ見なかった現象だ。


「へえ……っと」


キャリーケースを手に錆びた柱を触ってるのはさすがにマズかったようだ。


通行人や店の中から店員さんが僕の方を見てる。


といっても、通行人も店員さんもヒューマノイド。ヒトのように見えてヒトじゃない。


そうはいっても不思議そうな顔で見てくる視線に耐え切れなくなった僕はそそくさと駅を後にした。

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