第40話 「目を逸らして」
「誰かに操られてる?」
そう聞くと、座ってるヒューマノイドが頷いた。
「うん。うん。本人は夢を見てるような感覚なんだって」
座ってるヒューマノイドは僕たちを連れてきたヒューマノイドを介して言葉を紡ぐ。
「夢」
「そう。思った通りに動けないタイプの夢。わかる?」
「わかるけど……」
ヒューマノイドが夢を見るなんて聞いたことがない。
「うん。うん。え、うん。そのまま伝えるね」
ヒューマノイド曰く、夢遊病のような感覚になったのは、ここ最近。学校に生徒が戻ってきてからしばらく経ってのことらしい。
ヒューマノイド間でも検査みたいなことはできるが、それをやっても特に異常なし。
「その夢遊病みたいなのって1人だけ?」
と蓮花さんが聞くと、どうやら3人に同じ症状が見られるらしい。
「今までで同じようなことは?」
「ない」
奥から別のヒューマノイドが出てきた。
「3回ほど完全換装してきたが、こんな症状はじめてだ」
一般的なヒューマノイドの肉体の耐用年数は20年。といっても、部分的に不具合が出ればその部分はその都度交換したり、修理したりするので、騙し騙し使えば30年近くになる。
それ以上使うなら完全換装。オーバーホールのように不具合チェックと清掃なんて小さい話ではなく、丸ごと新しい肉体に移し替えるのだ。
20年で完全換装のタイミングは個々のヒューマノイドによって変わるが、騙し騙し使ったとして30年。それを3回ともなると、考えるのも恐ろしい。
「よくない気配がする。お前らも気をつけろよ。武器を持っても引き金を引かなきゃはじまらないなんて政府のバカどもがいってるが、そんなわけない。構えた瞬間に全てがはじまることだってある。前の戦争だってそうだった。なにが引き金になるかなんて誰にもわからん」
ヒューマノイドはそういって時計に目を向けた。
「朝礼がはじまるだろ。もう行け。さっきのことはひとまずハルに伝えといてくれ。まあ、何かができるとは思んがな」
「はあ」
ほかにも先生はたくさんいるのに、真っ先に風見先生の名前が出てきたってことは、風見先生以外はあまり信用も信頼もされてないようだ。
僕らは立ち上がって部屋を出た。
「ハルちゃん、また寝不足になりそうだね」
「……そうだね」
朝のホームルームがはじまる5分前のチャイムが鳴った。僕と蓮花さんは急いで教室に向かった。
先生と話ができるようになったのは、昼休みになってから。
「あ〜……癒される〜」
指定された場所のドアを開ける寸前でドアの向こう側から先生の声が聞こえた。
「またやってんの?」
と呆れた声で言ったのは、優佳さん。ノックもせずにドアを開けて中に入ってく。
「ちょっと。癒されるならもうちょっとマシな癒しを求めなよ」
「あ〜……」
優佳さんにずるずる引きずられて風見先生は椅子に座らされた。
「で?なに?用があるんだっけ?」
先生は長い髪を鬱陶しそうにかきあげると、僕の方に目を向けた。
「あれ?聞いてない?」
「何の話?」
蓮花さんと先生がお互いに顔を合わせてコテンと首を倒した。
「私からは言ってない。むしろまだ言ってないの?急を要するって言ったのに」
「話せるタイミングがここしかなかったんだよ」
「遅い」と言いたげな顔で僕らを責めるヒューマノイドの肩を先生が叩いた。
「ごめん。ここんとこ向こうとのやりとりもしなきゃ行けなくてずっと忙しいの。話すのが仕事なのに、ロクに時間も取れないんだよね」
「はあ……」
言い訳じみた先生の言葉を聞くと、ヒューマノイドはそれはそれは深いため息を吐いた。
「で、話って?」
ヒューマノイドの深いため息に苦笑しながら先生は僕らの方に向いた。
「ふうん」
一通り話すと、先生は何かを考えるように口元に手を当てた。
「御隠居も『知らない』」
僕らの説明に補足するようにヒューマノイドが付け加えた。
「隠居さんも?あの人が知らないって、それはなんかヤバい気配がするね」
蓮花さんが持ってきた弁当を手にした先生はそう言いながらミートボールを口に入れた。
「隠居さんが知らないってことは、どんなに調べても記録には残ってないだろうね」
「向こう側も?」
「仮想空間も。そもそもあっちは残そうって気がないでしょ。スクラップアンドビルドで」
「ああ……」
心当たりがありすぎる僕は頭を抱えた。
よく考えれば新しい土地を見つけたら、そこで銃撃戦がはじまり、更地になると銃撃戦はまた新たな場所に移り変わる。更地になった場所は新しく区画が整理され、新たな都市へと変貌を遂げる。
そうやって仮想空間は発展してきた。
僕もその一端をになったことがあるだけに、何ともいえない気分になる。
「突然数人消えて今度はヒューマノイドが操られる?なんかあからさますぎて気持ち悪いね」
「って御隠居も言ってた。それと、『どっちが引き金になるのかわからないぞ』とも」
「隠居さんが言うとリアルすぎるんだよなあ〜」
先生は食べ切った弁当箱に蓋をして「あ〜……」と天を仰いだ。
「どっちが、なんて言われなくてももうわかってるんだよ。って言うか、わかってて見なかったことにしてるだけだし」
独り言のような、それでいて誰かに聞いて欲しいかのような先生の呟きにヒューマノイドは首を傾げた。
「どーしよ。マジで」
まるで何かを知ってるかのような口ぶりに、蓮花さんが聞いた。
「ハルちゃんはあのゲームのこと知ってるの?」
「ううん。知らない」
先生はゆるゆると首を振った。
「あ、でも知らないってのは言い過ぎかな。ん〜、中身は知らないけど、どんなことをしようとしてるかはわかるって感じ?」
「これでわかる?」と言いたげな顔で蓮花さんを見た。
「中身を知らないのに、どんなことをしようとしてるかなんてわかるわけ?」
「わかるよ〜。これでも仮想空間でそれなりにやってたもん」
と、先生はむくれた。
「まあ、だからって想像してるのそのまんまってことはないと思うけど、大体ね。大体」
「じゃあ、何しようとしてるっての?」
「今までと一緒だよ。それが――」
と、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「ありゃ。終わっちゃった。続きは放課後にしよっか」
先生はそそくさと席を立つと、部屋を出た。
僕らも空になった弁当箱に蓋をして廊下に出る。
「花村さん。今日の夜は少なめにしてね」
「え?何で?」
「いいから。じゃ、また放課後ね」
先生はそう言い残して僕らに背を向けた。
「実はハルちゃんがラスボスだったなんてことないよね?」
「んなバカな話あるわけないでしょ。ゲームじゃあるまいし」
蓮花さんの呟きに優佳さんがツッコミを入れた。
「ゲーム、か」
――やることは今までと一緒。それが――
先生の言葉が妙に耳に残る。
「ナオくん?」
「え?」
「ボーッとしてるからどうしたのかと思って」
覗き込むように見上げてる蓮花さんに「大丈夫」と答えて、僕は教室へ向かった。
教室に戻ったからと言って授業らしい授業があるわけでもなく。
午前中と同じく与えられた課題をこなしていく。
「聞いた?さっきも結構な数消えたんだけど」
僕らとは別の場所で食べた紗耶香さんが優佳さんに言った。
「え?さっき?聞いてないけど」
「マジ?10人くらいかな。見た範囲で」
「ええ?また?」
「また。マジで怖いんだけど」
紗耶香さんは優佳さんに抱きついた。
「ちょっ!もう……」
優佳さんはポンポン背中を叩く。
「課題……やってるだけでいいのかなあ?」
紗耶香さんが机の上にあるタブレットの課題に目を向けた。
「まあ、やるしかないでしょ。今んとこは。何ができるわけでもないし」
そう言ってる優佳さんの目は僕に向けられた。
――こんなことやってる場合?
そう言いたそうな目だったけど、何も知らない僕はその目を見なかったことにした。
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