第39話 「酔い」

「ぷはあ~!やっぱお風呂上りはコレだよ!コレ!うま~!」


ビール瓶をドン!と置いて先生が叫んだ。


「牛すじもおいしいし、花村さんお店開けるんじゃない?」

「マジでそれ。蓮花どう?」


先生と一緒に山盛りの牛すじ煮込みを突っついてる優佳さんがキッチンに向かって言った。


「仕事でやるのはなあ~」


と、塩昆布とキャベツの和え物を持ってきた蓮花さんが苦笑で応えた。


「え~……毎日通うんだけど」

「今だって毎週来てるじゃん。抜き打ちなんて姑息なことやってまで」

「あんなの建前だよ。建前。そう言っとかないとなんて言われるかわかんないでしょ」


先生はビール瓶を持ってグイッと煽る。


「あ~……うっま~……しみる~」

「オッサンくさ」

「うっさいな。いいの。見られても困るような人いないし」


ボソッと言った紗耶香さんを先生は睨んだ。


「は~……花村さん、おかわり~」


いつにもましてペースが早い。ずっと学校に居続けさせられたのが、相当ストレスだったみたい。


「ナオくん。牛筋なくなりそうだけど、食べた?」

「うん。ご飯にめっちゃ合う」

「よかった」


蓮花さんはフワッと笑って僕の隣に座った。


「おかわりがあったら言ってね」

「大丈夫。もう結構食べてる」

「そう?まだデザートもあるけど」

「ああ。さっきの?」

「そうそう。食べ終わったらにしようかなと思って冷蔵庫に入れてあるんだよね」


僕にしか聞こえないような声で言った。


「あ、そだ。優佳さん。なんかあるんだっけ?ここで話してもいいやつ?」


顔を赤くした先生が優佳さんに聞いた。


「また消えたんだけど。知ってる?」


いきなり本筋に入った優佳さんの言葉に先生の目が変わった。


「知ってる。実際に見たわけじゃないけどね」

「会議もその話だったんでしょ?」

「まあね」


先生は隠すこともなく頷いた。


「さすがに誰にも言うな、なんてことはなかったけど、さすがにあの時間で結構な人数消えたって言われれば、見てた人も多かったでしょ」

「アタシも見た」

「やっぱ?そんな気はしてたけど」


「ふう……」と息を吐いた。


「どーせ明日の朝のホームルームでも言うんだけど、向こうの人たちは何もしない。本来ならできないっていうべきなのかもしれないけど、問題意識がなさ過ぎる。優佳さんは聞こえたかもしれないけど、こっちのことはこっちに任せる、だって。要は丸投げ。現状も含めてね」


先生は呆れたような、疲れたような声で吐くように言った。


「ってことだから、IDの復旧は見込めない。再発行はこっちだからできるけど、戻ってきた子たちのIDは二度と戻って来ない。それくらいアイツらは何もする気がない。あ、戻ってこないってのはオフレコね。大騒ぎになるから」


先生は口元に人差し指を当てた。


「それってどこまで信じていい話?」


優佳さんは牛すじ煮込みを摘んでいた箸を置いた。


「再発行だけなら学校でできるのは、間違いないの?」

「うん。IDを渡したときにも言ったと思うけど、管理と新規発行の権限は向こうだけど、再発行の権限はこっちにあるの。紛失するなんてこっちでしか起こらないからって」


たしかにIDを形にして持ってるのは、現実世界しかない。仮想空間はそもそもIDどころか体も含めて全部がデータだ。形にする理由がない。


「管理が向こうだから向こうの人が動かない限りどうにもならない。んで、実際のとこ、動く気がないからIDは復旧できない。そんなとこ?」

「そんなとこ」


先生は頷きながら、チューハイの缶を開けた。


「正直な話、いつみんながまたいなくなるか気が気じゃないよ。消えたってことは、私たちが認識してるあの子たちが本物だって保証はどこにも無くなったわけだし」

「じゃあ、なんだっていうの?ニセモノ?」

「わかんない」

「でも、たしかに触れてたし、温度もあった」

「それはわかるの。でも、消えたという事実も間違いない」


夢であったらよかったのに、と思う。けど、見てきたもの、聞いてきたものを知れば知るほど、これが現実だと突きつけてくる。


「はあ……」


と誰かが息を吐いた。


「明日、みんないるかな」


希望にも似た呟きが蓮花さんの口から出た。



翌朝。


ぐでんぐでんになるまで飲んだ風見先生が頭を押さえながら降りてきた。


「いたた……あ、おはよー」

「飲み過ぎだって言ったのに」

「飲んでないとやってられないときだってあるんだからしょうがないでしょ。いたたた……」


先生は蓮花さんの定位置に座ると、そのまま突っ伏した。


「あ〜……なんで仕事なの……休みたい……1ヶ月くらい……」

「休みすぎでしょ。そんなんやったらハルちゃんの居場所なくなるよ?」

「それは困る〜。干からびる〜」


呻き声を上げる先生に蓮花さんが水を差し出した。


「あ〜……神」

「祈るほどのものじゃないと思うけど。とりあえず、しじみ汁があるからそれでも飲んで」


と、蓮花さんは隣にしじみ汁が入ったお碗を置いた。


「ありがと〜」


しじみ汁を飲んだ先生はフラフラのまま先に出た。


「毎回だけど、よくあれで怪我1つないよね」

「慣れてるって」


蓮花さんはそう言って、僕の膝の上に座った。


「よいしょ。ふ〜。ちょっと休憩」


僕に寄りかかると、僕の手を掴んでシートベルトのように腰に手を回した。


「みんないると思う?」


蓮花さんの問いに僕は詰まった。


「正直に言っていいよ。希望は持ってるけど、現実を突きつけられて動けなくなるのもヤだから」


「覚悟はしてる」と言うけど、僕の手を掴むその手は冷たく、震えてる。


気休めならいくらでも言える。けど、蓮花さんが求めてるのはそうじゃない。


僕は、正直に答える。


「優佳さんからデータをもらったけど、昨日消えた人のほとんどがFPSの人たちらしい」

「うん」

「それもかなりキルポイントを稼いでる人たち」

「うん」

「消えたクラフターもいたけど、上位ランカーだって」

「うん。それで?」


蓮花さんは僕に先を促す。答えを求めるように。


「ウチの学校はFPSの方が多くて、クラフターが少ないらしい。だから消えた人たちの数は多いけど、比率にするとほぼ同じだって」


僕は事実だけを並べる。


「つまり?」

「上位ランカーじゃないと苦戦するってことじゃない?少なくとも今は」

「じゃあ、今日はみんないる?」


ほっとしたのか、蓮花さんの手に温度が戻る。


「数人いないかもしれないし、いたとしてもどこかで消える可能性はあるけど」

「そう、だね。うん。でもいいや。知らないとこでいなくなるより」


蓮花さんが立ち上がった。


学校に着くと、遠くの壁の向こうで何かが動くのが見えた。


「ん?」


テレコメガネの機能も併用して目を凝らしてみると、お掃除担当のヒューマノイドだった。


「向こうから接触してくるなんて珍しい」

「ね。何があったんだろ?」


優佳さんたちに「寄るところがある」と言って、蓮花さんと一緒にヒューマノイドの元へと向かった。


「おはよ」

「よかった。ちょっと急ぎで伝えとこうと思って」


挨拶もそこそこに、ヒューマノイドは僕と蓮花さんの手を引いた。


「どこに?」

「秘密基地」


そう言って案内された場所は、掃除担当のヒューマノイドの詰所だった。


「この子の話を聞いてくれない?私たちにはちょっと理解できない」


ヒューマノイドはそう言って座ってる1人のヒューマノイドを指した。


「理解できない?仮想空間の人とやりとりしてるんじゃ?」

「してるけど、窓口が私だから。けど、理解の範疇を超えてて説明できないの。本人と向こうで話せばいいんだけど、どっちもダメって言うから」

「理解の範疇を超えてる?」

「そう」


僕の言葉にヒューマノイドは頷いた。


「誰かに操られてるって言うの」

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