第9話 「テレコメガネ」

「花村さんは風見先生と仲いいね」


現実世界に戻ってきた僕らは、腰砕けになった風見先生を職員室に連れてった後、学校を出て川沿いの道を歩いていた。


「ん?」


学校に来たときと同じように前を歩く花村さんにそう言うと、僕の方に振り向いた。


「風見先生」

「あ~……ハルちゃん?高校に行く前から知ってるからね」


花村さんはそう言って僕の隣に来た。


「高校に行く前から?」

「うん。学校案内してもらったの。この辺じゃここしかないでしょ?だからこっち側の学校見学って誰も行かないんだけど、試しに行ってみたらヒマだからって案内してくれたの」

「へえ」


ヒマだからって理由がなんとも先生っぽい。


「こっち側と向こうだと校舎のつくりが一緒だって言って、向こうでも同じように穴場になってる場所を教えてもらったりね」

「穴場?」

「そう。入学した後、何度か仮想空間の方でも教えてもらった場所に行ってみたんだけど、ホントに全然いないの。すごいよね!」

「そりゃすげえ」


現実世界と違って仮想空間は人が多い。だから現実世界で人がいない場所を見つけるのはカンタンでも仮想空間に行ってみると人がいるなんてことが結構ある。


昨日通った大通りを進み、川を渡る。ここまでで通りががった人はいない。


駅前まで来ると、ようやく人の姿がチラホラ見える。といっても、店員さんはヒューマノイド。それをカウントしないとなると、やっぱりほとんどいなくなる。


「やっぱみんな仮想か」

「休みだしね~」


花村さんはそう言って学校で補給した麦茶を渡してきた。一口飲むだけで染み渡る水分が心地いい。


「はあ~……うま……」

「そんなしみじみ言わなくても」


花村さんも苦笑しつつ、麦茶を飲んだ。


「はあ~うま……」

「そんなしみじみ言わなくても」

「言ってない」


花村さんはつーんと顔をそらしてしまった。


鉄道の高架橋をくぐり抜けて少し歩くと、その先に大きな建物があった。


「ここに来ればだいたいのモノは揃うかな」


と言って花村さんはスイスイ中に入っていく。


自動ドアを2つくぐって中に入ると、ひんやりとした空気が身体を包む。


「あ~涼しい……」

「まずはメガネかな」

「いきなりそれ?必要ないのに?」

「いいの!」


花村さんは僕の手を取ってズンズン進んでいく。


初めて同じ年代の女子と現実世界でつないだその手は、やや冷たく、でも柔らかかった。


かつては視力矯正や拡張現実で使われていたメガネだけど、今の完全にアクセサリーと化している。


仮想空間では視力矯正も拡張現実も全部やってくれる。というか、そもそも視力矯正しなきゃならないほど目が悪くなるなんてことが起こらない。


そういえばコンタクトレンズなんてのもあったみたいだけど、今はその名称を見る機会すらない。


メガネはフレームというファッション性と、拡張現実のテスト機器としての役割があったから今もこうして姿を残している。


嗜好品と化したメガネが売られてるのは、最上階。


花村さんはほかのモノに目を向けることなく、エスカレーターに乗って最上階を目指す。


「メガネがあればこっちでの生活ってラクになる?」

「まあ。道案内以外にもメッセージのやり取りとかはできなくはないけど」

「いちいちこーしなくてもいいって?」


と、花村さんは人差し指と中指だけを出して下に降ろした。この動作をすると決済やらなにやらをするメニュー画面を開く。


「目の動きだけでできるかな。モノによるけど」

「へえ!狩村くんのはできる?」

「まあ……」


都会にいたときは並列作業が当たり前だった僕は決済はブレスレットで、そのほかの画面を見ないとできないことはメガネに通してやっていた。


メッセージのやり取りだけなら別にそんなことをする必要もないんだけど、書いたり動画を見たりしながらだとどうしても必要になってしまうのだ。


といっても、それはあくまで現実世界での話。


仮想空間に行ってしまえば、メガネなんてなくても同じことができる。だから基本的な生活が向こうになってしまうんだけど。


「あ。あれかな?」


と、花村さんがメガネショップを見つけたらしい。僕の手を握ったまま小走りでショップに近づいた。


近寄ってみると、メガネフレームが所狭しと並んでいた。AIが候補を出してその中から選ぶのが主流の今、この方法を採用しているテナントは少ない。


理由は単純で陳列することでテナントそのものの面積を広く取ってしまうため、賃料が高くなる。要はコストがかかるってわけ。


AIに任せれば、陳列しなくていいし、必要なら仮想空間に行って試しにつけてみればいい。場所もAIを置くスペースくらいで済むからそんなにコストもかからない。任せっきりの完全丸投げで売り上げが立つんだから、これほどラクなモノはない。


ここまでラクができるのにあえて陳列してるのは、何か理由があるんだろう。


店員さんは僕たちを視界に捉えたみたいだけど、何も言わずに視線を下に落とした。


「ヒューマノイド……じゃない、よね?」

「え?」


花村さんがキレイに並べられてるメガネに目を向けながら言った。


「店員さん。たぶんヒトっぽい」

「ヒト?ええ?なんでまた?」


僕は店員さんに目を向けると、頬杖をついて何かを見ていた。


「わかんないけど。そんな気がする。気のせいかもだけど」


と、花村さんは1本のメガネを手に取った。ピンク色のフレームで折りたたむところに花がついてる。


「あ、これカワイイ」


レンズの部分は僕が使ってるモノより少し広め。けど、細い部類に入るくらいにはレンズの部分が小さい。


「どう?」


メガネな花村さんもカワイイなあ。


鏡を見ながら左右に顔を振ってチェックしてる。


「狩村くんのってどんなのだったっけ?」

「僕?僕はフツーのだけど」


「こーゆーの」と僕はメガネを手に取った。


「ふーん」

「さすがに色は違うけど」

「それは知ってる。実用性特化で人に見られるなんて1ミリも考えてないってすぐわかったもん」


その通りすぎて何も言えない僕を置いて、花村さんは別の陳列台の方へ足を向けた。


「ん~……実用性特化って言われてもなあ……」


僕も陳列されてるメガネを見てるけど、ここにあるのは持ってるのと同じかそれに近いデザインのモノばかり。


正直、わざわざ現実世界でテナントとしてやっていけるほどのイメージはない。


「わ。なにこれ?2つで1つ?」


なんて考えてると、店の奥で花村さんの声が聞こえた。


声がした方に目を向けると、花村さんが手招きしていた。


「なに?」

「これ。このくらいだとフツーのメガネでしょ?」


と僕と花村さんがいるくらいの位置に置かれたメガネを指した。


「離れるとフレームの色が変わるんだって」

「色が変わる?」

「そそ。見てて」


と、花村さんは自分の前にあるメガネを取ると、店の出入口の方に歩いていく。


すると、僕の前にあるメガネのフレームの右側だけがじわじわ色が変わっていく。


「ええ?」


色は花村さんが持ってった方のメガネと同じっぽい。ぽいけど、なんだこれ。左右で全然違うメガネになっちゃったんだけど。


「どう?よくない?テレコメガネ」

「テレコ……?なにそれ?」


僕が聞くと、花村さんはタグを指した。たしかに「テレコメガネ」って書いてある。


「これ付けてれば迷子になったとき、見ればいいからよくない?」


花村さんはそう言って僕を見た。


「え。僕も買うの?」

「アレ、似合ってないし、ダサいよ?女子の私と歩くのに、あのクソださメガネはないなあ~」


え。ダサいの?いや、別に外で付けないと思ってたから別にテキトーに選んだんだけどさ。


「でも、離れたらコレでしょ?それはそれでダサいのでは……?」


と、左右で色が違うメガネを指した。


「一緒にいればいいんだから大丈夫でしょ?」


と、花村さんは首を傾げた。


一緒って、どこまで一緒にいるつもりなんだろうね。この子は……。

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