第48話 「ごめん、ね」
今まで聞いてきたことが突然、「ああ、それウソだよ」――なんて言われたらどうしたらいいんだろう?
テストでいい点を取って自慢してきたことが全部崩れたら――。
しかも、みんながそれを知ってたとしたら。
私は誰を信じればいいんだろう?
案内役が実は案内されていたとしたら……?
なんでもない一言が私の中に渦巻く。
「あれ?知らなかった?常識だと思ってたんだけど――」
そう言ったのは誰だったんだろう。ううん。誰でもいい。嘲笑が混じったような声が頭の中に響き続ける。
仮想空間に行ったら校舎から出ないように――。
そう言われていたから今まで仮想空間に行っても校舎から外に出ることはなかった。
外の世界を知らない。そう言われればその通り。私はテストの点だけで全てを見ていた気になっていた。
ジワリと何かが私の中に湧いてくるのを感じる。気分が悪い。今すぐここから逃げたいけど、どこに行けばいいかわからない状況が私を追い込んでいく。
「蓮花?」
呼ばれて顔を上げる。ナオくんの心配そうな顔が映った。
「大丈夫?」
私は頷くだけにした。口から言葉を出そうとすると、なんだか言ってはいけないことまで言いそうな気がして。
「今日はここまでにするか」
ミナさんがライフルを肩から下ろして座ろうとしたのを、私は止めた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「そんな顔して大丈夫なわけねえだろ。おい、ナオ」
ミナさんがナオくんに声をかけた。私はいいって言ったのに。
「ウチらは上に行ってくる。なんかあったら上に来い」
ミナさんはそう言い残すと、みんなを連れて部屋を出ていってしまった。
しばらくすると、銃声と爆発音が聞こえてきた。
なんだか取り残された気がして私は窓際に足を向けた。
「手ぶらで窓際に行くと撃たれるよ」
そんな私の手をナオくんが掴んだ。
「でも……」
「大丈夫。あの人たち、何機落せるかゲームはじめたから」
「ええ……」
「仮想空間じゃ結構やるんだよ。砲弾代わりに敵陣に落とすんだ」
「よいしょ」とナオくんは床に座った。
「座らないの?僕はもう疲れてクッタクタなんだけど」
そう言ってそのまま大の字に寝っ転がった。
「あ〜……」
外の銃声や爆発音なんか気にしない、と言わんばかりに間の抜けた声が出た。
「やっぱ畳の方がいいな」
「え?」
ぽつりと漏れた呟きに耳を疑った。
「蓮花も寝っ転がったらわかるよ。何が悲しくてこんなクソかったい床に寝っ転がらないといけないんだって」
ナオくんはそう言って床を叩いた。どうやらホントにやってみろってことらしい。そんなことしてる場合じゃないはずなのに、ナオくんの力の抜け具合を見てると、私もやってみたくなってきた。
窓から離れて横になってみる。なるほど。たしかに畳の方がいい。灰色の絨毯の下はコンクリートみたいで硬いなんてもんじゃない。ひんやりもしてないし、ガチガチ。寄りかかるくらいだったら気にならなかったのに、横になった途端感じる固さは口ではうまく表現できない。
「わ。かったい。ってかもう痛い」
たった数秒。なのに、もう痛みを感じる。ふと、これが重力か〜なんて思ってしまう。
「でしょ?畳の方が良くない?」
「わかる。畳も固いけど、これだったら畳の方がいいなあ」
数分にも満たないのに痛む身体をずりずり動かして大の字のままのナオくんの腕に頭を乗せる。頭だけ位置を変えただけなのに、なんとなく身体が軽くなった気がする。
「あ、ちょっとラクになったかも」
「そう?」
ナオくんの顔がこっちを向いた。私も顔を動かすと、目と鼻の先にお互いの顔がある状況になるので、なんとなく私は顔を動かさずに言った。
「うん。なんか重力を感じるね」
「なにそれ」
ナオくんが笑った。
「えー!?わかんないかな!?こーズシー!っと来る感じ!お前はここに縛りつけられてんだ。そう簡単に逃げられないぞって言われてるみたいな!」
「ふうん。蓮花さん、そういうシュミなんだ」
あれ?なんかナオくんの反応が変な気がする。「さん」なんかつけてなんか他人行儀みたいだし。
「ナオくん……?」
「や、人にもいろんな趣味があるからさ、いいと思うよ。けど。そっか〜」
んん?あれ?やっぱヘンな勘違いされてない?大丈夫?大丈夫じゃない?
「そういえば部屋にあったのもそういうのが多かったっけ」
「え?ちょっと待って?いつ私の部屋に入ったの?入っちゃダメって言わなかった?」
「入ってないって。優佳さんと紗耶香さんが言ってただけ」
あの2人……後で地獄を見せてやる。
「画像付きでメッセージ送ってきてさあ。どう反応すればいか困ったよね」
私が決意を固めてる隣でナオくんがホントに困った顔で言った。
「え。それどうしたの?」
「ん〜どうしたっけな」
ナオくんはスクロールするように指を縦に動かした。
「ああ、そうだ。蓮花に怒られても責任は取らないって送ったんだ」
「ほら」とナオくんはテレコメガネの画面を可視化した。私もメガネをかけると、その時のやりとりが見える。
「ふーん。こんなやりとりしてるんだ」
ついでにスクロールしてその前後のやりとりを見る。私が思ってるより優佳と仲良くやってるらしい。
「ふーん」
なんとなく面白くなくってそんな声が出てしまった。
「どうかした?」
「べっつに〜」
私は八つ当たり気味にナオくんの脇腹を突っつく。
「ちょっ!まっ!やめっ!」
私が両手で脇腹を執拗に狙ってると、無言の反撃が飛んできた。
「ふっ、ちょっ!そこ!ダメ!」
ナオくんの反撃を掻い潜って攻撃するも、尽く無効化されて反撃をくらってしまう。
しばらく突っつきあってると、爆音が近くで響いた。
「なに!?」
建物が揺れてびっくりした私が立ち上がろうとしたのをナオくんが引っ張って止めた。
キイイイーーー…………。
飛行機のエンジン音が山から海の方へ向かって消えた。
しばらくすると、また轟音。爆発の衝撃がガラスを突き破って建物内部を揺らす。
「え!?え!?」
あまりの轟音に耳が聞こえなくなった。聞こえるのは自分の声とキーン……と耳鳴りのような音だけ。
私は状況を確認しようと窓際に近づく。
と、視界の端に何かが光ったのが見えた。私は光った何かを見ようと右に顔を向ける。あるはずがないものが捉えたのは、目を校舎に向けてすぐ。屋上の行けるはずがない場所に黒い影があった。
目を凝らす。と、しようと思ったときには遅かった。
銃声が響いた。
聞こえなかった耳が回復して捉えた音は山を反響した。
「蓮花!」
ナオくんの声が聞こえる。
2発目が響く。窓のサッシに当たって建物の中には入ってきたものの床の一部を砕くだけだった。
バタバタと音が聞こえたと思ったらドアが蹴破るようにして開いた。
「おい!大丈夫か!?」
建物の中に引き摺り込まれた。
「チッ!おい!すぐ助けるからな!寝るんじゃねえぞ!」
ミナさんの声が頭に響く。
「蓮花、手を握って」
ナオくんの声に従って手を動かす。けど、動いてるのかよくわからない。
かろうじて見えるナオくんの目にはバイタルサインの画面が映し出されている。誰ものなんて聞くまでもない。灯火なんて言うけど、ホントに消えそうなのがわかる。
「ナオ、くん……」
「大丈夫だから。絶対助けるから」
強く握ってるんだろう。感覚が鈍くなってる私にもわかるくらい手が白くなるくらい強く握ってるナオくんに私は言葉を紡ぎたくて声を出す。
「ごめんね」
もっと言いたいことがあったはずなのに。
言うべき言葉は別にあったはずなのに。
紡げた言葉はそれだけだった。
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