第49話 「それでも歩き出す」
「ちょっと!ねえ!蓮花!?」
優佳さんが蓮花さんの身体を揺する。
「寝ちゃダメでしょ!!起きて!!ねえ!!」
蓮花さんを起こそうと必死に身体を揺する優佳さんを見て、僕の気持ちは急速に冷えていく。
窓際に目を向ける。
撃たれた蓮花さんが内側に引きずられた跡が太い赤い線として生々しく残っていた。
「おい」
ミナさんの声が僕に向けられた。
「わかってます」
撃ってきた場所にはいないだろうけど、間違いなく近くにいることを認識している、と返す。
握っていた蓮花さんの手を優佳さんに渡して僕は立つ。
「ナオ……?」
「僕は平気だから」
涙を流す2人に蓮花さんを任せて僕はフロアを仕切るドアを開けた。
階段を下りる。
「行くの?」
後ろから声をかけられた。
振り向くとライフルを肩にかけたまま僕を見下ろすミナさんの仲間の姿があった。
「多勢に無勢って知ってる?」
「散歩に行くだけですけど」
「そんな顔して?しかも手ぶらって死にに行くようなもんじゃん」
「別に、いつものことですよ」
そう。これはいつものこと。仮想空間のゲームの世界で僕はいつも手ぶらからはじまる。武器も装備も現地調達。
違うのは仮想空間が何度も死ねるのに対し、今いる現実世界は死んだら終わり。それだけのこと。
ああ、あといつもは自分で作らないと何もできないけど、今回は対抗手段がそこら中に落ちてるってところか。そう考えると結構ラクな気がしてきた。
一番下まで降りて外に出る。ドアを開けようとノブをひねって押すと何かが当たった感触がした。ドアの向こう側を見ると、ハンドガンが落ちていた。
ちゃんと動くかチェックしてマガジンの中も見る。向こうのFPSじゃここまでしないけど、今いる場所はゲームじゃない。仮想空間では容量や難易度の問題で簡略化されているような事象が現実世界では起こるなんてことがあっても不思議じゃない。
建物の中に戻って入念にチェックする。
テレコメガネがホントに役に立つ。形見になってしまったけど、あのとき蓮花さんが立ち寄らなかったら僕は今完全に丸裸だった。
いや、僕だけじゃない。ミナさんもその仲間も校舎で血まみれになった人たちと同じようにただの的になるだけだった。
「よし」
蓮花さんに感謝しつつ、落ちていた装備一式に問題ないことを確認して僕は立ち上がる。
――ピンポンパンポーン……
外に出ようとしたところで聞きなれないチャイムが鳴り響いた。
ザザッ!とノイズが入り、声が聞こえてきた。
『あー……あー……テステス……聞こえるか?聞こえてるみたいだな』
町中に男の声が響く。
『俺たちは解放連隊。お前ら人類の監視からヒューマノイドを解放し、自由を得るために立ち上がった』
聞いたことがない名前に僕と女の人は顔を見合わせた。女の人も解放連隊なんて名前は聞いたことがないらしく、肩をすくめた。僕も同じように知らない、と首を振る。
「ひとまず戻ろう。誰かが知ってるかもしれない」
「……ですね」
『挨拶と言っちゃなんだが、地方都市の1つを壊させてもらった。その証拠を暢気な官邸の諸君にお見せしよう』
マイクの向こうに誰かがいるのか、人の声のようなざわついた音が小さく聞こえた。
『そうだろうそうだろう。そう思ってちゃーんと用意してやったよ。2番やれ』
その声が聞こえた数秒後、轟音が響き、目の前のビルが崩れた。
ガチャン!とドアが開く音がすると、ミナさんたちがバタバタ下りてきた。
「おい!ここを出るぞ!次の標的はここだ!」
僕と女の人は来た道を戻る。
ふと、何か足りないことに気付いた。
「それ以上戻ると死ぬよ。今はここから離脱することだけ考えて」
誰かが僕の肩に手を置いた。振り向くとそこには先生がいた。
「……はい」
『どうだ?しっかり現実だって理解できたか?まあ、この程度お前らが俺たちに強いてきたことに比べれば大したことないけどな。ってことで、俺たちからの要求だ』
そう言って声が提示してきたのは、人類が「仕事」として担ってることをヒューマノイドにもやらせろ、というものだった。
要約すればそれだけなんだけど、対象範囲が大きく変わる。
『お花畑な貴様らには分かりやすく言った方がいいか?この土地を我々に明け渡せ。要求が飲めないってんなら次はお前らの本拠点を潰す。なーに。安心しろ。お前らが作ったシステムのおかげで俺たちには兵士が無尽蔵にいる。その気になればすぐにでもやってやるが……まあ、それじゃ面白くない。考える時間を3日間与えてやる。精々無い知恵を絞るんだな』
ブツッ!と音を立てて放送は切れた。
「兵士が無尽蔵ってどういうこと?」
泣きはらした目をそのままに優佳さんが聞いてきた。
「そのままの意味だ。ヒューマノイドは常時生産されてる。正確には肉体部分だけ、だけどな」
「そんな話聞いたことないんだけど!」
ミナさんの言葉に紗耶香さんが叫んだ。
「そりゃそうだろ。バカに教えたらどうなるかなんて考えるまでもねえ。だから教えねえ。それだけの話だ」
ミナさんはタバコに火を点けた。
「ふー……まあ、そういうわけだ。騒いだところで状況が悪くなることはあってもよくなることはねえ。ウチらは限られた手段でアイツらに対抗しなきゃならん」
「さっきのがボスってことにすると、アレを倒すって?」
顎に手を当ててる優佳さんが聞いた。
「まあ、そうなるだろうな。それで終わるわけねえだろうけど」
と、ミナさんが僕の方を見た。
「お前はどう見る?」
「まあ、さっきの人を倒すってなるんでしょうけど……その前にみなさんは大丈夫なんですか?」
「あ?」
「あの放送に思うところがなかったかって話ですよ」
「ないな。あったとしてもウチらはこんな手段を取らない」
ミナさんの声に仲間の人たちが頷いた。
「まあ、誰もいなくなりゃウチらが取るけどね。そこはウチらとアイツらの話だから。今する話じゃないかな」
ガシャ!ドシャ!と何かが落ちてくる音が外から聞こえてくる。
「おいナオ」
ミナさんの引きつった顔に一瞬だけ和んだ空気が吹き飛んだ。
「はい?」
「お前、向こうで強化兵とやったことあるか?」
「強化兵ですか?ゼロじゃないですけど……」
強化兵とは素体に防弾防刃防爆など戦場用の装備を組み込んだヒューマノイドを指す。仮想空間のゲームではランクが上位になればなるほどこの存在が出てくるが、現実世界でお目にかかることはないと言われている。
「あるんだな?」
「交戦って言っても僕ができたのは逃げるだけですよ?」
「アレから交戦しなくていいってだけで十分設けモンだろ。それでいい」
「急にどうしたの?」
優佳さんがミナさんに聞いた。
「聞こえただろ。ありゃ強化兵の着地音だ。重装備型のな」
「重装備……」
ひゅうと口笛が聞こえた。
「いきなり主力?」
「なわけねえだろ。いいか。狩村は造船所に行ってシステムを落とせ。手段は問わない。できれば復旧不可能なくらいまで損害を与えれば――」
「強化兵は減らせますね」
「ああ。まあ、ヒューマノイドも生まれなくなるけど……まあ、いいだろ。ガタガタ言ってる場合じゃねえし」
「一人で?」
「いや、ミオ。頼めるか」
「あいあいさ~。食料半分もらってくね」
と、ミオと呼ばれた女の人が先生が肩にかけていたクーラーボックスから食材を取り出す。
「ミオは後方支援だ。安全地帯に置いておけば一通りの世話をしてくれる。なんでもな」
「はあ」
「特に医療装備はそこら辺の大学病院より上だ。安心して突っ込んでいいぞ」
「突っ込んでいいぞ~?」
ドンと胸を叩くミオさんの頭を先生が叩いた。
「言い方!やめなさいって言ったでしょ!?」
「え~?」
「みんなは?」
ここで分かれることが決まった僕は念のためみんなの行動を聞いておく。
「狩村くんちかな。一応仮想空間には表示されない空白地帯だし」
「え」
「そういえば、アタシの荷物も蓮花の部屋におきっぱだわ。あ、ナオの部屋にあるの使っていい?」
「いいけど」
「っし!あ、薫に連絡しないと!」
僕の問いが呼び水になったように、僕を置いて女性陣だけで話が進んで行く。
静かになるころには日が傾きはじめていた。
「決まったな」
「ん。じゃあ、ナオ。いろいろ物色させてもらうから。よろしくね?」
「ダメって言ってもやるんでしょ」
「わかってんじゃん」
バシッ!と優佳さんが僕の肩を叩いた。泣きはらして赤かった目は元通りになり、力強さが戻ってきたように見える。
「何かあればミオに言え。ウチらと話ができるようにしてくれる」
「はい」
「じゃ、こーどなんばーミオ!作戦を開始しまっす!」
「行ってきます」
僕はそう言い残して建物の外へと足を踏み出した。
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