第37話 「再開は突然に」

ゲームの世界を経由して仮想空間からはじき出されて1週間が経った。


IDの復旧は未だ行われず、クラスメイトたちは24時間学校で過ごす日々が続いている。


授業も相変わらず課題をこなすだけで、先生が教卓の前に立ってあれやこれやと一方的にしゃべる授業はやっていない。それぞれに与えられた課題をこなすだけ。調べてもいいし、誰かに聞くでもいい。個人指導の塾のような形式でカリキュラムは進んでいる。


「あ~課題だけってのも飽きるわ~」


と机に突っ伏したのは、優佳さん。優佳さんの向かい側に座ってる紗耶香さんはすでに諦めの境地なのか机に突っ伏したままスース―寝息を立てている。


「蓮花もナオもよくそんなにできるわ。飽きないの?」

「飽きるよ?」


突っ伏したまま聞いてきた優佳さんに苦笑交じりで蓮花さんが応えた。


「って言ってる割にずっと集中してなかった?」

「ううん。ちゃんと息抜きもしてるよ?ほら」


と、蓮花さんが可視化したのは、動画サイト。意外なことに見ていたのは、アニメだった。


「へえ。なんか意外。こんなの見てるんだ?」

「そう?1話15分だからちょうどいいんだよね」


と言って蓮花さんは再生ボタンを押す。すると、やや小さいながらも音が出て絵が動き出した。


課題をやる時間だけど、教室にいる人はごくわずか。ほとんどは出された課題を後回しにして体育館やグラウンドに出て遊んでいる。放置したままでいいのか少し心配になるけど、教室にいる人も紗耶香さんと同じように寝てるのが大半。


おかげで課題をやりつつ、飽きたらアニメを見るなんて芸当ができている。


「アンタも?」


と、優佳さんが僕に目を向けた。


「アニメじゃないけどね」


僕も休憩と称してちょっとだけゲームをやってる。ゲームといっても仮想空間につなぐモノではなく、買い切りの横スライドのシューティングゲーム。仮想空間ができるはるか以前のゲームでアイテムを取るたびに弾の種類が変わるレトロゲームだ。


「実況付きで面白いんだよ」

「え。なにそれ。見せて」


僕も蓮花さんと同じように可視化して優佳さんに見せてあげる。


「うっわ。グラがザリザリ」

「ものすごい古いんだって。ゲームがやっと家庭に普及してちょっと経ったくらいの時期」

「よくそんなの見つけたじゃん。え。ちょっと待って。このペンギンかわいい。アレ?爆発した。え?敵なの?あれ。ちょっともうステージ終わり?」


1回も被弾することなく1ステージをクリアした僕はここで一度止める。時間にして5分にも満たないけど、休憩は休憩。別の課題のファイルを開く。


「ちょっと?もう終わり?」

「終わり。続きはまた後で」

「え~」


このゲームができた当初はセーブなんて概念は存在しなかったらしいけど、今はリメイクを重ねてセーブできるようになった。当時はクリアするまで切れなかったゲームも、セーブができるようになったことで心置きなく断ち切れる。


「アタシもやってみたい。どこにあった?」


と、優佳さんはテレコメガネをかけた。


「あ~……どこだっけ?」


僕は蓮花さんに聞いた。


「ん~?」


と実に気の抜けた返事が返ってきた。


「あ~……あとでいいわ。どーせ聞こえてないでしょ」


アニメの世界にどっぷり浸かってる蓮花さんに優佳さんはため息を吐いた。


みんなが戻ってきて2日目にあった顔の異変は1週間ですっかり沈静化してしまった。影響があったのはごく一部だったのと、次の日には元に戻っていたというのが沈静化に拍車をかけた。


中には「何かの暗示では?」なんて言ってる生徒もいるけど、大半の生徒の認識は、「原因も戻った理由もわからないけど、元に戻ったからヨシ!」が占めている。


「そういえばもうすぐカウントダウンがゼロになる人がいるんだっけ?」


外で騒いでる連中に目を向けてると、紗耶香さんの声が聞こえた。


「どうしたの急に」


課題に手を付けようとしていた優佳さんが手を止めた。


「や、なんか急に思い出した。そういえば――みたいな」

「ふうん?」

「なんのカウントダウンだったんだろうね?」


首を傾げる蓮花さんに僕らも首を傾げた。


「そういやあれからアップデート情報出てる?」


ふと、アップデートに関する情報が出ていないことに気付いた僕は3人に聞いてみた。


「アタシは知らない」

「あたしも」

「そういえば聞かないね。ゲームならマメにするんじゃないっけ?」

「そのはずなんだけど」


かつて大衆から個へとシフトしていった広告は4周ほどして最近また大衆に向けたものへと変化してきている。


ところが例のゲームの運営のお知らせはあの日以来1度もない。あるのはゲームに本格的に参加した連中にあるカウントダウンだけ。


「カウントゼロか~。どうなるんだろ?」

「アンタは関係ないでしょ」


ワクワクしてそうな紗耶香さんに優佳さんが溜息を吐いた。


「そうなんだけどさ~。やっぱカウントダウンってワクワクしちゃわない?ねえ?」

「僕に言わないでよ」


何が起こるのか楽しみな反面、またみんないなくなるかもしれないというそこはかとない不安がある僕は苦笑いをするしかない。


「結局バラバラなのはわからずじまいか」


優佳さんは「はあ……」とため息を吐いて外を見た。


「ん?あれ?」


優佳さんが目をこすった。


「どったの?」

「え?ちょっ?ええ?」


僕は立ち上がって窓を開け放つ。


冷たい秋の風が流れ込んでくる、その向こうで人影が2つ消えた。


坂の向こうにいなくなったとかじゃない。ほんの数秒前までいたはずの人が忽然と姿を消した。


「消えた?」

「ように見える。ってことは、見間違いじゃないよね」


蓮花さんの声が隣で聞こえた。


「アタシも見えた。さすがに3人同じだったら偶然じゃない。蓮花、ウチのクラスで消えた人わかる?」

「急に言われても」

「あ~……ゴメン!だよね!名簿――って使えないのか。んあ~!!」


優佳さんは誰が消えたのか把握したいみたいだけど、この瞬間も1人、2人と姿を消してる。


ピコン!


と、音が鳴った。


「仮想空間アップデートのお知らせ」と書かれた通知が目に入る。


僕は通知を叩いて詳細を開いた。


「マイナーアップデートだって」

「は?」

「新規エリアの開放とゲームの再開」


「ほら」と僕は可視化させた。


「や、ゲームの再開はいいんだけど、それだけ?」

「それだけ」


僕の手元をのぞき込んできた蓮花さんの甘い匂いが風に乗ってくる。わずかに触れる柔らかさと温かさが現実であることを教えてくれる。


「ホントだ。何も書いてない」

「人が消えてるってのに?」

「仮想空間に行ってるとか?」


紗耶香さんがそれっぽいことを言ってきた。


「だとしたら身体が棺桶の中にあるでしょ。ちゃんと実体あったよね?」

「あったよ」


蓮花さんが確信を持った声で言った。


「ちゃんとあった。体温も身体も」


蓮花さんはクラスの女子と触れ合っていた手を見る。


「うん。たしかにあった」


僕は外に目を向ける。かなり人数が減った気がするけど、それでもまだ外で遊んでる人たちがいた。


「ウチのクラスはまだみんないるよね?」


蓮花さんのつぶやきに僕は「わからない」と首を振る。


「みんないる」とわかるほどクラスメイトに関わってない僕には誰が誰なんて区別がついてない。ギリギリわかる範囲の人たちもいるけど、その人たちはグラウンドではなく、体育館の方に行ってしまったため、ここからは確認できない。


確認するとしたらみんなが集まるタイミングしかない。


僕は時計に目を向けた。


みんなが集まるタイミング。帰りのホームルームまではあと1時間半残っていた。

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