第56話 「言葉を紡ぐ」

「おかしい……」


ミオさんが強化兵を切り倒しながらつぶやいた。


「おかしい?なにがですか?」


僕はわけがわからずオウム返しをしてしまう。


「ふっ!もう1か月だよ?どこからこんなに湧いてくるの?」

「どこからってあの工場じゃないんですか?」


ほとんど目と鼻の先に見える工場を指した。年季を感じさせる赤色にさび付いた外壁は、その見た目に反して今も形を保っている。


僕は拾ったロケットランチャーを構えて壁に向かって撃ちこむ。が、何発撃ちこんでも壊れない。


「やっぱり威力が落とされてる?」

「まあ、このくらいは想定してましたけどね」


壁を壊すのを諦めて僕らの上空を通過した戦闘機にロケットランチャーを向ける。


「10機目」


ロックオンの音とともに打ち出された弾は尾を引きながら戦闘機に命中。そのまま海に落ちていった。


「ミナ?今何機落とした?」


ここ最近ミオさんはミナさんと頻繫にやり取りをしている。今も向こうの戦況を聞いては弾薬を仮想空間の裏ルートを経由して転送してる。すっかり前衛のポジションを安定化させてしまったのに。


「は?今日だけで100超え?なにいってんの?スコア?見てるヒマないっての」


ミオさんの代わりに僕が見る。


ホントに100を超えてる……。


ミナさんのスコアは猛烈な勢いで回転していて、秒単位で3桁目が動いている。


「いつ止まるのかって!?知らないよ!まだ工場内部にも入れてないんだから!」


温泉のように湧き出てくる強化兵を切り裂いてミオさんは通り道を作る。僕はその後ろでトリガーを引きっぱなしにして、ひたすら銃弾をばらまく。けど、1歩進んでは止まり、2歩進んでは戻されるを繰り返していて侵入するどころの話じゃない。


「あー!もう!ミナ!そんな言うならこの壁ぶっ壊して!あとはウチらがやる!」


そんな状況にしびれを切らしたミオさんが叫んだ。


「え!?ちょ!そんなことしたら――!」


「もっと出てくる」という間もなく、大きな影が僕らを覆った。


直後、ものすごい爆風が僕らを襲う。


「ナオくん!」


ミオさんが吹き飛ばされそうになった僕の身体を引っ張る。


「ぐっ!」


爆風で飛ばされる瞬間だったところに引っ張られたので、口から声が漏れた。


「大丈夫!?」

「だいじょうぶ、です……」


ミオさんの両手が僕の顔を挟み、のぞき込んできた。


「ん。異常なし。何かおかしかったら言って」

「はい」


僕の身体を一通り叩くと、ミオさんは離れた。


「まったくもう!やるならやるって言ってよ!」


ミオさんがミナさんに向かって文句を言ってる向こうに目を向ける。


「オーバーキルかと思ったけど、この程度か……」


そう呟いてしまうほど、工場はキレイな形を保っていた。壊れたのは外壁の一部だけ。それも時間経過で徐々に修復されてあっという間に元に戻ってしまった。


「すごいだろ?人類の英知を束ねればあの程度びくともしない」


突然聞こえた声に僕は振り返った。


「いい加減諦めろ。お前はよくやった」


そう言って手を叩いた音をたどると男がいた。隣には目隠しをしたヒューマノイドがいる。


「さて、キミに最初の任務だ」


男は隣にいたヒューマノイドの背中を叩いた。


「ヤツを――コードナオミを始末せよ」


ゾワと血の気が引く感覚が僕を後ろに下げた。前髪が数本宙を舞う。


「あっぶ!」


指示が飛んだ瞬間にヒューマノイドが手に持ってるのが刀だと気づいたのが助かった。


一太刀目をよけた僕は続けて繰り出される追撃を躱す。


刀を武器にする敵は久しぶりだが、戦ったことがないワケじゃない。無効化する方法だってゲームの中で何度もやってる。


仮想空間でやっていた動きを現実世界で再現するだけ。身体が動くかどうかが心配だったけど、1ヶ月も経つとさすがに動くようになってきた。


繰り出される攻撃が止むまで僕はひたすら躱す。


「おい!なにをしてる!さっさと殺せ!」

「――!」


ヒューマノイドの目が赤く光り、追撃のスピードが上がる。が、僕は構わず躱す。右へ左へ。動作を最小限に。舞い散る木の葉のように。


近接戦闘の刃物に銃は効かない。だから僕は躱すごとに積み上がる死の気配を感じながらひたすら待つ。


「――っ!」


ヒューマノイドに指示を出していた男の姿が小さくなると、目の前のヒューマノイドの息遣いが聞こえるようになってきた。


なんとなくどこかで感じたような雰囲気に僕は違和感を覚える。


何かがおかしい。


こんなに避けられたらほかの手段を講じるはず。なのに、このヒューマノイドはひたすら刀にこだわってる。


動きもそう。ミオさんの動きをそのままコピーしたかのようだ。


目隠しからこぼれ出る赤い光が僕を捉えて離さない。


次の太刀の気配を感じて僕は左へ動く。ミオさんに渡した刀と同じ刀が僕の横ギリギリを通過していく。


チリッと赤い光が揺らぐ。


追撃態勢に入っていたヒューマノイドは動きを変えて僕を蹴飛ばした。


「ぐふ」


背中に強い衝撃を受けた僕は意識を手放した。



ギン!ギン!


刃がぶつかり火花を散らす。


「ふっ!」


ナオくんに銃を向けようとしていたヒューマノイドを切り飛ばす。


「やばいやばい!ハルにブチ切れられる!」


ちょっと話すつもりだったのに、気付いたらナオくんの姿がなかったときには生きた心地がしなかった。


なんとか見つけたけど、壁に寄り掛かったままぐったりしていた。そばには刀を持ったヒューマノイド。


わたしは考えることなくヒューマノイドに切りかかった。


そこからどのくらいの時間をそうしていたのかわからない。


気づくとナオくんのそばにいたヒューマノイドもナオくんに銃を向けるヒューマノイドを切り飛ばしていた。


まるでそうするのが当たり前だと言わんばかりに。


ヒューマノイドがわたしに目を向ける。赤い光がわたしを捉えると、首筋をトントンと叩いた。


それは特定回線で会話をするときの合図。現実世界で働くヒューマノイドにだけ搭載された機能。


わたしは首筋に手を当ててヒューマノイドが動かしたように首筋を撫でる。


「――あ……こ――る?」


ノイズが酷い。なにを言ってるのか全く分からない。


「――ないの。じ――んが――」


一方的に話される声に何とか聞き取ろうと、わたしは意識を声に向ける。


「いーえー――、はち――、ろく――」


無尽蔵に湧き出てくる強化兵がうっとおしい。居合抜きで周囲を切り飛ばす。


通話記録モードを入れる。一方的に話してくるならコレでいい。


通話が開始したところから記録を取ってくれる使い古されたシロモノで、仮想空間に直接記録されるようになった最近のヒューマノイドには載ってない機能だけど、この時ばかりは感謝した。


これで戦いに集中できる。


ナオくんの周りに群がる強化兵を切り裂いて話しかけてきたヒューマノイドに言葉を紡がせる。


――これはナオくんに伝えないといけない言葉だ。


なんとなく、そう。なんとなくそう思った。


ヒューマノイドが紡いでる言葉はわたしに向けたモノではなく、ナオくんに向けたものであることを。


ヒューマノイドは紡ぐ。ノイズだらけで聞こえなかったとしても、それでも伝わると信じて。


わたしは戦う。


どんな言葉も生き残らないと、伝えられないから。


「あー!もう!くっそ!」


近寄ってくる強化兵がどんどん増えてくる。切っても切ってもキリがない。それでもわたしは諦めない。


今、この瞬間だけは生き残らないといけない理由ができたから。


「ふっ!」


わずかにできた隙を突いて居合抜きを放つ。


一息つきたいけど、ヒューマノイドが紡ぐ言葉はまだ止まらない。


少しだけ。ほんの少しだけ、と思ってナオくんの方に目を向ける。


ヒューマノイドはナオくんの前に立っていた。けど、そこに戦意はない。殺意もない。


ただそこにいるだけ。


ナオくんに触れようと手を伸ばす――かと思ったら、ひっこめた。無表情のように見えた顔がわずかに歪む。


ヒューマノイドはそのまましばらくナオくんを見て、わたしに視線を移した。


「ミオさん。ナオくんをお願い。今の私にはなにもできないから」


その声は妙にクリアに聞こえた。どこかで聞いた声。屋台のお客さん?思い出そうとするけど、なぜか出てこない。


何か話していたようだけど、すぐにノイズが入って聞こえなくなってしまう。


ヒューマノイドは伝わらないことを悟ったのか、「ふう……」と息を吐いた。そして口を開くと、また言葉を紡ぐ。


「――を壊して。お願い。それで全部終わるから」


ヒューマノイドは姿を消した。

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