第35話 「昼の呼び出しと太もも吸い」

――顔が違う。


まるでどこかのあんパンなヒーローのように、一夜にして変わった話は僕らのクラスだけではなかった。


教室に来たときに静かだったのは、見たことない人が座ってるという不気味さに怖くて誰も触れられなかっただけらしく、一度それがわかってしまうとタガが外れたように一気に責め立てはじめた。


不思議なのは、人によって「変わってない」と言ったり、「変わってる」と言ったりしていること。


身近な人でもそうでない人でも同じように言ってるのを見ると、これまでの関係性が影響してるような感じはしない。


「蓮花ぁ~全然わかんない~」


僕がそんな風に考えてると、蓮花さんの方から女子の声が聞こえてきた。


ガタガタ音を立ててイスを持ってきた女子は、通路の真ん中に置いて座った。明るい茶色に染めた髪にピアスをしていて現実世界なのに、仮想空間にいるような見た目だ。


「も~……しょうがないなあ」


蓮花さんはそう言って僕の方に机を少しずらす。


「あ、転校生じゃん。やっほ~」


ひらひら手を振ってくる女子に僕はどう対応したらいいのかわからないまま、振り返す。


「あは。ちゃんと返してくれるんだ」

「え?まあ……」


蓮花さんもたまにやるから同じように返しただけなのに、女子は嬉しそうに笑ってる。


「ほかの男子にやっても返してくれないんだよね」

「勘違いするからやめた方がいいって」

「え~?」


紗耶香さんが言うと、つまんなそうに声を上げた。


「こんくらいでそんなことないでしょ。ねえ?」


女子がそう言うと、蓮花さんと紗耶香さんも僕に目を向けてきた。


「えっと……?」


こっちに来てから2カ月。ずっと蓮花さんと優佳さん、薫さんと女子に囲まれて過ごしてきたからだいぶ慣れてきたけど、こうして一斉に3人に囲まれるとやっぱり戸惑ってしまう。


「ほら~。困ってるじゃん。んなこと聞かれても答えらんないよね?」


ずいっと近寄ってきた紗耶香さんに僕の身体は引いてしまう。


と、蓮花さんが僕と2人の間に入った。


「はいはい。真由も紗耶香もそこまで。早く課題やっちゃお」

「蓮花は真面目だなぁ」


真由と呼ばれた女子が蓮花さんの頭を撫でた。


「違うって。さっさと終わらせれば遊べるでしょ?ハルちゃんも言ってたじゃん」

「そうだけど、やっぱさ。こーゆーのって遊んでなんぼじゃない?ねえ?」


なんで僕に振る?そう思いながらも手は課題を進めている。


「遊んでもいいけど、あとで泣き付いてきても知らないよ?」

「それは困る~」


――たかが課題をやるってだけなのに、女子ってなんでこんなにも騒がしいんだろう?


そう思わずにはいられなかった。



ポチポチやるだけの簡単な作業をこなしていると、チャイムが鳴った。


教室の中は相変わらず騒がしい。まるでゲームの中にある酒場のようだ。


男子たちは誰かのタブレットを取って何か騒いでいる。


「ナオくん?」

「え?」


席を立っていた蓮花さんが僕をのぞき込んでいた。


「お昼だけど、あの人たちと一緒にする?」


蓮花さんの目が騒いでる男子たちに向けられる。


「いや、いいよ」

「そう?」

「うん。なんか先生も一緒に食べたいって言ってるし」

「え?聞いてないよ?」

「え?来てない?こんなの」


と、僕は風見先生からのメッセージを可視化した。


「ん~?来てないなあ?ナオくんだけ?」

「わかんないけど……まあいいや。一人で来いって書いてないし、一緒に行こう」

「あ、じゃあ、あたしはあっちの子たちと食べるから。また後でよろしくね」

「うん。あとでね」


真由さんはそう言って僕たちから離れて手を振っていた女子たちと合流した。


「よし!じゃあ、ウチらも行こっか」


優佳さんが手を叩いた。



「あ~……先生は疲れました……朝から夜までずーっと仕事仕事。終わったと思ったら次から次へと乗せられて気が付いたらこんな時間ですよ。ないわ~。マジでないわ~」


風見先生に呼び出された場所に行くと、先生は机の上に布団を敷いて横になっていた。


「わかるけどさ。だからってそれはマズくない?いろんな意味で」

「いいの。どーせ夜中はいろんなとこに隠れて休むしかなくなっちゃったんだから、こーゆーときくらい息抜きしないと」


「ね?」と言った先生の顔は僕からは全く見えない。


それもそのはず。膝枕をさせてるお掃除担当のヒューマノイドのスカートの中に顔を突っ込んでスーハ―スーハーしてるんだから。


「ハルちゃんにそんな趣味があったなんて知ったら、男子はドン引きだろうね」

「へっ!あんなガキじゃ私は満足しないって。守備範囲外。アウトオブ眼中」


「ないない」とひらひら振った先生の手はそのままスカートの中へ。


あまりに自然過ぎて入ったのに気づいたのは、ヒューマノイドからわずかな声が漏れるのが聞こえたときだった。


「ナオはあーなっちゃダメだから」

「ならないよ」

「そう?蓮花に膝枕してもらってんのに?」

「別に頼んでないし、膝枕してるのは僕の方だから」

「ナオくんの膝枕、いい高さだから寝やすいんだよね~」


聞いてもない話を蓮花さんがつぶやいた。


「優佳もすればいいのに。最近寝れてないでしょ?」

「布団に入る時間も惜しいから。気になることが多すぎる」


優佳さんは離れた場所にある机に弁当を置くと、食べはじめた。


「それ。ねえ、今日の騒ぎなに?」


先生がスカートの中から起き上がった。その拍子にお掃除担当ヒューマノイドのスカートの中が見えた。


「わかんない。顔が変わったって人もいれば、変わってないって人もいるんだよね」

「向こうでも同じことが起きてるみたい。数学の先生の話は聞いた?」

「聞いた聞いた!不審者が座ってたってヤツでしょ?」


紗耶香さんが先生に向かって箸で指した。


「座ってたってヘンじゃない?あそこに行くまで全くすれ違わずに行くなんてムリだと思うんだけど」

「って向こうも思ったみたい。守衛の人に話を聞いたら『別にいつも通りだったから通した』って。よくわかんないよね」


先生はコンビニの袋から弁当を取り出した。


「それだけ?」

「こんなのだったらいっそのこと給食にしてくれた方がうれしいよね。どーせみんないるんだし」


「ねえ?」とお掃除担当のヒューマノイドに言うと、不満そうに頷いた。


「朝から夜まで騒いでて仕事にならない」


ヒューマノイドも先生が持ってきた袋からお弁当を取り出すと食べはじめる。


「それは今だけだからしばらく我慢してもらうとして」

「……」


ヒューマノイドのジト目を無視して風見先生は僕に顔を向けた。


「どう?最近は?」

「快適そのものですよ。ご飯は用意してくれるし、しかもウマい。掃除も完璧。文句なしですよ」

「そう?見られて困るものとかあるでしょ?ねえ?」


と、先生はなぜか優佳さんの方を見た。


「んぐふっ!?」


先生の視線を受けた優佳さんがむせた。


「ケホッ!ケホッ!」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫」


その様子に先生がクスクス笑ってる。


「その様子だと相変わらず沼にハマってるんだね。ほどほどにしときなよ?」

「うるさいな。いいでしょ。誰にも迷惑かけてないんだし」

「沼?」

「アンタは知らなくていい」


ものすごい顔で睨まれた僕は口に手でバッテンを作った。


「人に見せられるようなモノじゃないよね」

「蓮花は知ってるの?」

「知ってるっていうか、知っちゃったっていうか……ね」


クスクス笑う蓮花さんに優佳さんは「ぐう……」とうなるだけだった。


「ついでだから花村さんにも一応聞いておくけど、どう?大丈夫?」


先生が蓮花さんにも聞くと、蓮花さんは頷いた。


「大丈夫」

「大変だったら言ってね。こっちでも打てる手はあるから」

「ん」


蓮花さんがもう一度頷くと、先生は満足そうな顔で弁当のフタを閉じた。


「となると、あとは顔と夜だね。まあ、夜は休んでもらうようにするしかないけど、それで大丈夫?」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫にしなきゃいけないんでしょ?」

「一応カメラは24時間動いてるから抜け出せばわかるようにはなってるけど、身の危険を感じたらやっちゃっていいよ。仮想空間側もどうなってるかわかんないし」

「わかった。みんなに言っとく」

「人数も2人じゃなくて4人とかにしてもいいから。そこは調整して」

「らじゃ」


ヒューマノイドは先生の言葉を命令と判断したらしい。ビッ!と敬礼をして返した。


「よし。じゃあ、私はもうちょっと寝かせて……」


先生はそう言うと、ヒューマノイドのスカートの中に潜っていった。

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