第58話 「屍を越えてゆけ」

僕が目を覚まして最初に目に入ったのは木の天井だった。


ここはどこだろう?


周囲を見回しても特に何もない。あるのは大きな一枚の窓だけ。


病院らしい薬品の匂いもしないし、誰かがいる気配もない。


どこかからポッポッと規則的な音がしてるけど、周囲にあるのはそれだけ。


「目、覚めた?」


声が聞こえた方に顔を向けると、ミオさんがいた。


「ここは……?」

「病院、って言いたいところだけど、残念。研究所の休憩室」

「研究所?」

「そう。研究所。と言っても建物がおっきいだけでここにいる人は一人だけなんだけどね」


乾いた喉からわずかに漏れる声にミオさんは正確に答えていく。


「先に状況だけ教えるね」


ミオさんはそう言ってここまでの状況を教えてくれた。


「3日……」

「そう。正確には運び込んで3日だから実際は5日だけど」


ほぼ1週間僕は意識がなかったらしい。そう言われてもよくわからないけど、そう説明された以上、今は受け入れるしかない。


「ウチらが引っ込んだのはミナたちにも報告済み。安心して……って言いたいとこだけど、状況はあんまりよくないかな」


弾薬の供給源を僕らにしていたミナさんたちにとって僕らが後退を余儀なくされたのは大きかったらしい。


「今は予備で取っておいたのを使ってるけど、在庫があんまりあるわけじゃないからできればすぐにでも行きたいんだけど」


ミナさんが視線を落とす。


「あと1日ってとこだな」


部屋の出入口のところからしわがれた男の声が聞こえた。


「明日には動けるようになるだろ」

「オジサン」


ミオさんがオジサンと呼んだ男の人は僕の近くにあったイスに腰掛けた。


「ふ。狩村が送ってくるって聞いたからどんなヤツかと思ったが、アイツと違って真面目そうだな」

「はあ」


どう答えていいかわからず、僕はため息のような返事をしてしまった。


「聞きたいことは山ほどあるが、今はそれどころじゃない。君には悪いが、動けるようになったらすぐにここを出て造船所にあるコンソールにこれを入れてほしい」


そう言って男の人は僕に指先ほどの大きさのカードを見せてきた。


「場所はミオに教えてある。念のためだが、メガネにも記録しておいた。万が一の場合はそっちを使え」


そう言って手渡すと、ホワイトボードを引っ張りこんできた。


「造船所までのルートはミオに任せるとして、ここからはアナログでしか伝えられない情報だ。しっかり覚えておけ」


ペンで何かを書きだした。


「声に出すな。読んで頭に叩き込め。質問・疑問は後で応える」


そう言って男の人が並べてく文字は衝撃的な内容ばかりだった。


すでに現実世界で生きているヒトはほぼいないこと。そして仮想空間に移った人たちのほとんどが存在がなかったことになってること。そして、これは僕にはどういうことかわからないけど、学校の生徒たちがヒューマノイドに置き換わってるらしい。


「最後のって」

「俺もわからん。ただ、そう説明すると妙にしっくりくるってだけだ。否定する根拠があるなら別だが、どこに何があるか知ってるみたいな動きをしてるってんだから否定するにもできねえだろ」


男の人はそう言ってタバコに火を点けた。


「ふう」

「どこから?」

「ソースか?ミナだ。ついさっき入って来たばっかのほやほやだぞ」


二口目を吸い込んで、吐き出す。


「正確にはミナの後ろにいる誰かだが、まあ、そこは大した問題じゃない。やることはそれを造船所のコンソールにぶち込む。それだけだ」


「ほかには?」と聞いてきたけど、僕は首を振った。


「さって。ミオ、行ってくる」


そう言って男の人はミオさんの頭を撫でた。


「待ってる。帰ってこなかったら探しに行くから。これ持って」


ミオさんはそう言ってカタナに手を置いた。


「こわ。おい。それを持ってくんのだけはやめろよ?マジで」


震えるオジサンにミオさんはクスクス笑った。


「はあ。じゃあ、そういうことだから。狩村ジュニア。あとは頼んだ」


男の人はそう言い残すと部屋から出ていった。


「ってことだから。また寝て、起きたら行こっか」

「はい」


翌朝、僕らは日が昇る瞬間に外に出た。


夜にかなり冷え込んだらしく、ちょっとした防寒着程度じゃ震えるくらいに寒い。


「大丈夫?」

「動けばたぶん」


心配そうに聞いてきたミオさんに僕は身体を動かしながら応える。


「動けばって……まあいいか」


治療で強制的に身体を休められたってこともあって僕の身体は想像以上に軽くなっていた。


右手にライフルを、左手にナイフを持って僕は戦闘態勢に入る。


「行きましょう。ミナさんが壊れる前に」

「……そうだね」


造船所の前に近づくまでは前衛は僕。そこから敵のヒューマノイドが増えてきて対処がキツくなってきたらミオさんが前衛に代わるという作戦で街の中を進む。


「たしかに動きが違う」


瓦礫の陰から街の中を覗いた僕は思わず口にしてしまった。


聞いていたとはいえ、街の中を徘徊してるヒューマノイドはたしかに街の構造を知ってるかのようにスムーズに歩いている。


その見た目が強化兵のそれでなければいつもと変わらない風景と言っても過言でないくらいに。


「急にって言ってたっけ」

「そうですね。急にって」


何かありそうだけど、それを突き止めるような時間は今の僕らにはない。ヒューマノイドに見つからないように隠れながら待ちの中を進んでいく。


見つかれば死ぬ。やらなきゃこっちが死ぬ。


愛と友情があれば世界は回るなんて幻想に現を抜かすようなヒマはない。


「ナオくん。そろそろわたしが前に出る」

「はい」


ポンと肩を叩くと、ミオさんは僕の横を通り過ぎて一閃。


ゲームのようにレーティングで捻じ曲げた液体ではなく、赤くねばついた液体が吹き上げる。


ミオさんの顔が歪む。


「向こうも四の五の言ってられなくなったってことかな。それかこっちの動揺を誘おうとしてるのか」

「もう今さらですけどね」


僕も負けじとトリガーを引いて金属の塊を頭と心臓に撃ちこむ。映画やアニメのように吹き飛ぶ、なんてことはなく、ただ脱力してそこに落ちていくだけ。


生きるか死ぬか、イチかゼロかの駆け引き。


死にたくないから生きる。そのために死んでもらう。


理不尽で傲慢以外の何物でもないけど、今の僕らにはそれしかできない。


「ふっ!」


ミオさんが瓦礫を崩してヒューマノイドを押し潰す。


「やっば!切れすぎる!!」


ミオさんは楽しそうに言ってさらに前に出る。外に出る前にあのとき会った男の人に調整してもらったらしいカタナは次の一太刀で3人を切り裂いた。


僕は踊るように立ち回るミオさんのサポートに回って、火の粉を払うようにスナイパーを落としていく。


「このまま突っ込むよ!」

「はい!」


勢いが付きはじめたミオさんの叫びに僕は応える。


前に進む。今を少しでも引き延ばすために。


見覚えのある道が見えてきた。


ここが重要な場所だと言わんばかりにヒューマノイドが出てくる。


「ふっ!」


ミオさんが放った横なぎの一太刀でヒューマノイドの動きが鈍る。


僕はその隙にランチャーミサイルをヒューマノイドたちに向かって撃ちこむ。


爆風で吹き飛んだヒューマノイドを見てミオさんに合図を送る。


その合図でミオさんはまた横なぎの一閃を放つ。僕がランチャーミサイルを撃ち込む。


少しずつ。少しずつ。たしかに。歩を進めていく。


後ろは見ない。なにがあったかは、今を見ればわかる。


「ナオくん!見えた!」


ミオさんの声が聞こえた。


顔をランチャーミサイルから外すと、ミオさんが切っ先を前に向けていた。


ミオさんが指していたのは造船所。


けど、僕には別のモノが見えていた。

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