第5話「三分間の心変わり」

「一体何だ、これは……」



一日の仕事を終え、帰宅した夕陽はリビングのローテーブルに置いた覚えのないものを発見し、首を捻る。


「カップ麺……だよな?」


それはどこからどう見ても普通のカップ麺だった。

フレーバーは豚骨醤油味。

しかも湯を入れた状態で、ちょうど食べ頃のようだ。

軽く閉じられた上蓋の隙間から湯気と共に、何とも食欲をそそるいい匂いが漏れている。


思わず夕陽の喉がゴクリと鳴る。


まだ夕飯を食べてなかった夕陽の胃に、この匂いはとても魅力的だ。


「みなみが置いたのか?そのわりに、どこにもいないようだが…」


部屋にはみなみの姿はない。

しかし電気は点いていたし、こうして見知らぬカップ麺は置いてある。

ここに彼女が来た事はまず間違いない。


しかし食い意地の張ったみなみの事だ、勝手に食べたと分かれば大変な事になるだろう。

夕陽は彼女が戻るまで待つ事にした。



「…………」




「…………………」




「………遅い」



楽な部屋着に着替え、しばらくテレビを見ていたが、いくら待ってもみなみは戻って来ない。


仕方なくスマホにメッセージを送るも、反応はない。


「これ、絶対伸びるぞ…」


先程は食べ頃だった麺は、心なしかスープを吸って量が増えてきているように見える。


「でもなぁ…。やっぱ勝手に食うのはダメだよなぁ」


こんなところで変に生真面目な性格が出てしまう。



「それにしても遅いよなぁ…。一体どこに行ったんだよみなみのヤツ」



テーブルの上のカップ麺は、スープを吸って膨張した麺が蓋を押し上げていた。



「もしかしてカップ麺を食おうと準備してる途中で仕事が入ったとか……でもなぁ、そもそも何で俺の家なんだ?それも一人分」



カップ麺の匂いはもう部屋中に充満している。

それの匂いが余計空腹を加速させた。

自分も何か作って食べればいいのだが、何故か目の前のカップ麺が気になる。



「マジでわからん。まさかこれに毒物が仕込まれていて、害獣を誘き寄せる罠になってるとか?」



カップ麺に鼻を寄せてスンスンしてみるが異臭はなく、ただ濃厚な豚骨醤油の匂いが鼻腔を擽り、更に眩暈がする程の空腹を誘発する。



「はぁ…これは何の罠なんだよ。これを食うか食わないかで、俺は何か試されてるのか?」



空腹というのは、人を狂わせる病のようなものである。

夕陽はカップ麺を前に頭を抱える。



「一体俺は何をどうしたら正解になるんだ!頼む、みなみ早く帰って教えてくれっ」



        ☆☆☆



「結局……来なかった」


一時間後。

やはりみなみからの連絡はなく、夕陽は一人空腹を抱え悶々としていた。



「……馬鹿馬鹿しい。もう知った事か。寝よう」



これ以上待っても何も起こらないと諦め、夕陽は空腹を抱えたまま寝る事にした。


「きっとこんな時間に食うのは良くないよな。うん。そうだ」


自分に言い聞かせるようにして、夕陽はカップ麺を片付けようと、それを持ち上げる。


「ん?下から何か出てきたぞ」


何とカップ麺の下にコースターが敷かれていた。

それを裏返すと何やら文字が沢山書かれている事に気づく。


「これ、みなみの字だ」


コースターにはこう書かれていた。



……夕陽さん、お仕事お疲れ様です。

ちょうど着替えを取りに家に戻る途中、車の中で夕陽さんが帰るのを見かけたので、コレを作っておきました。

是非コレを食べて元気出して下さい。

来月からこのカップ麺のCMに出演するのでよろしくね。

それから冷蔵庫にビールも入ってるよ。

マネージャーに買って来てもらいました。

あまり飲み過ぎないでね。


みなみ



「みなみ……俺は……ごめんな。最後まで信じきれなくて」



夕陽はすっかり伸びきった麺を泣きながら啜った。


麺は冷たくなり、スープは麺に吸収されたのか微かに底の方に溜まっているだけだったがとても美味しかった。




「深夜のカップ麺、超美味い」




お終い。








ここで終わるんかいw

特に意味なんてないお話でした。

深夜のカップ麺、悪魔の誘惑ですな。

次回もこんな感じでゆるくやっていこうと思います。














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