第29話「地下鉄で財布とスマホを盗られた会社員が女子大生にからまれた件」

「あ、お兄ちゃん?今何してた?……へぇ、そうなんだ…あのお兄ちゃん、実はね…」



リビングのソファにちょこんと腰を下ろし、ミクが家族に電話をしている。


相手はではなく、どうやら兄のようだ。

彼女には兄がいるらしい。

大学生のミクの兄という事は、大学生か自分と同じくらいの年頃だろうか。


そんな事を考えながら、三輪は彼女と自分の為に熱いコーヒーを淹れる。


やがて電話を終えたミクは、トテトテとロボットのような足取りでこちらにやって来た。



「電話、ありがとうございました。おかげで兄と連絡が取れました。で、兄が駅まで迎えに来てくれる事になったのですが、兄も友だちと飲んだ帰りらしくて、車を出せないからタクシーで40分程かかるそうなんです」



「そっか。じゃあそれまでここにいるといいよ。外は寒いし。頃合いになったら駅まで送るしさ」



「スミマセン。タクシー呼んでもらって兄のとこへ行くからと言ったんですが、兄が迎えに行くってきかなくて」


ミクは申し訳なさそうに頭を下げる。

どうやら思ったよりしっかりした家の子のようだ。



「別にいいよ。わざわざこんな時間に迎えに来てくれるなんていいお兄さんじゃないか。ボクには兄弟はいないけど、ボクだったら迎えに行かずにタクシーで来させるよ」



「あはは。兄はちょっと過保護なんですよ。昔も私かアイドルのライブ行くって時も付き添ってくれたり…」



「へぇ、そうなんだ。何かそのお兄さん、知り合いに似ているなぁ。…なんて。それよりお腹空いてない?作り置きだけどピザがあるんだ」



そう言って三輪は冷蔵庫に視線を向ける。



「あ、いえ。大丈夫です……」



そう言った瞬間、ミクの腹がグウグウ鳴った。



「あははは。そう遠慮しないでよ。ボクもちょっと小腹が空いたし。ちょっと付き合ってよ」



「はい…スミマセン」



ミクは更に肩を縮めて項垂れた。

三輪は本当に愉快な子だと思った。



ピザは三輪の好物なので、何枚か作り置きして冷凍している。


生地は会社のビンゴ大会で当たったホームベーカリーで作り、その上にトマトソースを敷き、生ハム、チーズを乗せた簡単なピザを常備していた。


友人を招く時はもっと具材を増やしたりするが、三輪はこのトマトの酸味とチーズと生ハムの塩味のみのシンプルな味が気に入っている。


オーブンからチーズの焼けるいい匂いが漂ってくる。

するとミクも側に寄って来た。



「うわぁ、いい匂い。三輪さんって自炊するんですか?」



「いや、全然しないよ。大体外食か冷食で済ませてる。ピザはただ乗せて焼くだけだから」



「へぇ。そうなんだ。うちのお兄ちゃんはゴリゴリの自炊男子だから」


「ふぅん。料理出来るっていいよね。ボクは作るのは何でもないけど、片付けがねぇ」


「ふふふっ。私もそうかな。だから出来るだけいかに食器や器具を出さないようにしてる」



そうこうしている内にピザが焼き上がった。



「よし。じゃあ食べようか。飲み物、そこのサーバーからどうぞ。好きなテイストのベースをカップに入れて炭酸水を注いでよ」



「オシャレだね〜」



新しいモノ好きな三輪は炭酸水を作るサーバーをすぐに購入して、今は様々な炭酸水を楽しんでいる。


ミクはレモンソーダを作ったようだ。

三輪は何も加えないプレーンの炭酸水を飲む。


「何これ美味しい。これお店出せるんじゃないの?」



ピザを一口食べた瞬間、ミクが歓声をあげる。



「まぁ、俺じゃなくても大体同じ味になるけどね」



そう言って三輪もピザを口にする。



「ううん。凄く美味しいよ。三輪さんありがとう。カバンは盗られたけど、凄くいい一日になった」



「おおげさだな」



しばらく二人は黙々とピザを食べていた。

その時だった。

リビングの電話が鳴った。


「あ、お兄さんじゃないの?出たら」



「そうかも。じゃちょっと失礼します」



ここの電話番号はお兄さんに伝えたので、近くまで来たら折り返すと言っていた。

多分、そろそろ着くのだろう。



「あっ、やっぱりお兄ちゃん。…うん。うん。こっちは大丈夫だよ。じゃあ出るね」



やはり電話はお兄さんだったらしい。

三輪はジャケットを寝室から持ち出すと、素早く羽織った。



「じゃあ行こうか」



「はい。ありがとうございます」




          ☆☆☆




それからミクと連れ立って駅まで来ると、もう暗がりに長身の影か見えて来た。



「あっ。もうお兄ちゃん来てるみたい」



ミクが駆け足でその人影へ向けて走っていく。



「美空っ、走るな。危ないぞ」



それを微笑ましく思って見ていた三輪の顔が大きく歪む。


何故ならその声に聞き覚えがあったからだ。

それもつい何時間か前まで一瞬に荻窪で呑んでいたのだから。


その人物がミクを伴ってこちらへやって来た。



「いやぁ、すみません。妹がお世話になってしまっ………って三輪っ?」



「や…やぁ。まさかミクちゃんのお兄さんが夕陽だったなんてね。驚いたよ」



何とミクの兄とは三輪の同期にして友人の真鍋夕陽だったのだ。



「おい、一応信用してるけど、妹に何かしてないだろうな?」



夕陽はコソっと三輪に怖い事を耳打ちしてくる。



「いやいや、するわけないって」



「まぁ、三輪なら大丈夫だろう。とにかくありがとうな。お前に助けられて良かったよ」



「うん。こっちも楽しかったよ。そんじゃまた会社でな。ミクちゃんも今日は早めに休んた方がいいよ」



そう言って三輪は二人に背を向ける。

とんだ偶然もあったもんだ。



「さて、タクシー待たせてるから帰るぞ」



夕陽が美空を促す。



「うん。ねぇ、お兄ちゃん。後で三輪さんの連絡先教えて」



「は?いいけどあいつもスマホ盗られたんだろ」



夕陽は怪訝そうに顔を顰める。

ミクは笑いながらタクシーに乗り込む。



「うん。スマホ戻って来たら改めて自分でお礼言いたいから」



「珍しいな。何でも他人任せなお前が」



少しだけ妹の成長を感じた夕陽は満足そうに自分もタクシーに乗り込んだ。




終わり


























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