第28話「地下鉄で財布とスマホを盗られた会社員が女子大生にからまれた件」

「うえーっ、思ったより時間かかったなぁ」



地下鉄内で財布とスマホを盗られてから、様々な手続きをし、更に盗難という事で警察まで出張ってきた為、この時点で思い付く限りの出来る事を終えたのは終電の時刻をかなり越えた頃だった。


どうやらこの地下鉄での窃盗事件は最近頻繁しているそうだ。

特に今週に入って被害者が増加している事から警察の方でも捜査に力を入れていて、三輪達はかなり念入りに聴取された。


深夜の駅に降り立つ。

まだ秋になるかならないかという季節だというのに夜になると気温はぐっと下がり、空気も張り詰めたように冷たくなる。


思わず両手を擦り合わせ、何度か息を吹きかけながら三輪はゆっくり歩き出そうとする。

ここから自宅までは五分程度で着く。


幸いマンションの鍵は尻のポケットに入れる癖があるので部屋に入れないという二重の危機は訪れなかった。


しかし三輪はまた背後に厭な違和感を覚え、振り返る。



「あのさ、もう出来る事はやったんだし、これで解散って事でいいよね?もしかして家、こっちの方なの?」



そこには三輪の後をついてくるミクの姿があった。

聴取や手続きの間、彼女はずっと大人しく従っていて、少しも反抗的な素振りや言動はなかったので三輪も安心していた。


それらが終わった今、もう彼女との接点は何もないはずだ。

だが、もしも彼女の家がこの辺りだとすると、時間も時間だし送ってあげようという気はあった。


するとミクはもじもじと身体を揺らしていて、何か言いたそうにこちらをチラチラ見ている。



「ん、どうかしたの?」



「家、このずっと先なの。もう終電」



ミクは泣きそうな顔でそう訴えてきた。



「マジかよ。じゃなんでここで一緒に降りたんだよ」



三輪は頭を抱えそうになった。




          ☆☆☆




話を聞くとミクは生まれも育ちも東京だが、大学進学で岡山に住んでいるそうだ。


今日はシルバーウィークを利用して実家に戻って来て、友人と遊んだり買い物を楽しんでいた。


午前にこの駅で買い物をして、買った物はロッカーへ預け、午後は渋谷で友人とカラオケやゲーセンで遊び、帰りにこの駅で荷物を取ってから帰宅するつもりだったという。


つまりそこでこの盗難事件に遭ったらしい。

三輪とどっこいどっこいな境遇だ。



「いや、参ったな。何でそれさっき警察に言わなかったの?言えば送るなりタクシー代とか貸してくれたと思うけどな。今、ボクも財布盗られて持ち合わせないし…」



三輪はため息を吐いた。

同じ被害者としても、何とかしてあげたいところだが、今はタイミングが良くない。

貸してあげるお金もなければ、家族に連絡を取る為のスマホもないのだ。


それはカバンごと盗られた彼女も同様だ。



「ううっ…だって言えなかったんだもん。ただでさえオジサン達に囲まれてる中に警察まで出てきて…」



「うん。まぁそうなるよね。わかった。とりあえずボクの家行こう。ボクの家からご家族に電話して迎えに来てもらおう」



「いいの?」



ミクがこちらを不安そうに見上げてくる。

三輪は頷いた。

これは仕方ない。

終電も逃し、無一文な女の子をこんな夜道に残してはいけない。



「ボクん家、こっから五分くらいだからついてきて」



「うん。ありがと。三輪さんの家って実家?」



連れ立って歩きながら、少しだけ元気になったのかミクがそう話しかけてきた。



「いや。一人暮らしのマンション。あ、もしかして警戒してる?」



まぁ、年頃の若い女の子ならそう考えるかと三輪はポリポリと頬を掻く。

だがミクは首を振った。



「ううん。違う。家に電話があるって言うから実家住まいかなって思っただけ。私も向こうでは一人暮らしだけど、電話はスマホだけだから」



「あー、なるほど。ボクんトコは固定電話も契約してるんだ。ないと不便な事もあるかもしれないしね。ちなみに新聞も取ってるよ。朝刊だけだけどね」


「えー、変わってる。電話は何となくわかるけど、新聞なんてテレビやスマホがあればいいじゃない」



それを聞いて三輪は笑った。



「これはボクの父親の影響でね。夜帰ってからお酒飲みながらじっくり新聞読むのが楽しみなんだ。世の中の出来事をじっくり考えながら読み込んだりしてね。特に本の新刊案内なんてさ、自分の守備範囲にない本と出会えたりするチャンスだと思ってるよ。それで面白い本に出会えたら嬉しくなるね」



「へぇ、三輪さんって読書家なんだね」



「あっ。つい熱く語ってしまったね。つまらなかったらゴメン」



普段あまり自分の趣味について話した事もなかったから、つい捲し立てるように話してしまった事に照れながら三輪はきっと呆れているだろう、ミクの方を見た。


だがミクは夜空に反射するように瞳をキラキラさせてこちらを見ていた。



「ううん。すごいなって思った。新聞って難しい字ばっかりでまともに読むとこないなって思ってたから、三輪さんの話聞いてたらそういう楽しみ方があるんだ、すごいって思ったよ」



「ミクちゃん…」




何だか余計に照れてしまった。

勿論全てが本音だと自惚れる気はないが、久しぶりに、誰かにかけられた言葉で心が温まり揺り動かされた。




「あ、ウチはこの上だよ」



やがて二人は三輪のマンションの前に到着した。









楽しくなってきたからもう少し書きたいのでまだ続きます^_^









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