第34話「通い妻、爆誕」

「三輪さんさぁ、何で立派な調理器具揃えてるのに、冷蔵庫空っぽなの?」



単身者用のマンションに備え付けられているキッチンは狭くて使い勝手が悪い。


まぁ、元々自炊する気はゼロだったので、その辺りについて不満はない。


だが、何となく雰囲気は大事にする性分なので、飾る目的でオシャレな調理器具を置いているのだ。


今は昔のアメリカのバーを意識したカウンターは飴色に輝き、その上には逆さに吊るしたグラスや、壁側のガラスケースには調理スパイスなどがセンスよく並べられていた。



「それ、インテリアのつもりで置いてるんだよ。実際使った事は一度もない。つか、ミクちゃん、何でまたボクの家に来てんの?」



残業から帰ったばかりの三輪はネクタイを人差し指で緩めながら、若干引き攣った笑顔を浮かべる。



「あ、もしかして迷惑?」



冷蔵庫の扉越しにミクがこちらを見つめてくる。

友人によく似た顔立ちだが、やっぱり女の子らしい柔和な輪郭をしている。



「いやそんな事はないよ。だけどいくら友人の妹さんでも、一人でここに来るのはどうなのかなって思ってね」



大概的に見て、この状況はあまり良い事ではないだろう。

だが三輪には全く目の前の女の子をどうにかしようとかいう欲望は湧いてこない。


それは男としてどうなのかとは思うが、もうずっと三輪の心は渇いたままだった。



「そっか。迷惑じゃないなら別にいいんじゃない?」



「んー。まぁ、キミがそれでいいならね。さて、何かデリバリーでも頼む?夕食、食べてから帰りなよ。食べたら送るからさ」



三輪はソファに腰掛け、スマホを手に取った。

大体いつも頼む店は決まっているので検索も素早い。



「ううん。大丈夫。今日はね。私が作るから」



「えっ、ミクちゃんが?」



三輪は驚いた顔でスマホから顔を上げる。

するとミクはカウンターの下に置いていた自分のリュックの口を緩めて見せた。


中は野菜や肉類が詰まっていた。



「え、もしかして今日は最初からそのつもりで?」



「うん。この間のお礼も兼ねてね。大丈夫。料理もだけど、ウチは独立する前に家事に関してはお母さんから徹底して仕込まれるから」



「あぁ、そうか。だから夕陽もあんなに家事スキルが高いんだ」



夕陽のは性格的なものかと思っていたが、どうやらとてもしっかりした家の子のようだ。


兄の夕陽は毎日ではないだろうけど、自炊して弁当も持ってくる。

それに朝はいつもパリっとした清潔なシャツを着ていて、シワのあるシャツを着て出社した日なんて見た事がない。


最初はしっかり者の彼女と暮らしているのかと思っていたが、聞いてみると全て自分でやっている事がわかった。



「私は主にお兄ちゃんから教わってたんだけど、料理は私の方が筋がいいって言われたんだよ」



「へぇ、それは凄いな」



そう言いながらミクは次々に野菜を並べて洗い、それらを刻んでいく。


リズミカルな音から察するに本当に料理慣れしている事は確かだ。


その音は妙に心地良く、耳に馴染んだ。

思えば初めてかもしれない。

この部屋に手作りの料理の匂いがするのは。


三輪は案外こんな一日の終わりも悪くないなと笑みを浮かべ、テレビのリモコンを手に取った。



「ねぇ、三輪さん」



「ん?どうしたの。何か足りないものでも…」



料理を作りながら、ミクがこちらに声をかけてきた。



「ううん。そうじゃないくて、あのさ。これって通い妻ってヤツじゃない?って思ったの」



「うぐっ…」



三輪は思わずリモコンを落としてしまう。



「大丈夫?三輪さん」



「あははは。うん…。時々キミはとんでもない事を言うよね。違った意味でドキドキが止まらないよ」



三輪は冷や汗をかきながらリモコンを手に取った。


それから出てきたのはシンプルなカレーだったが、本人が言うのも頷けるくらい実にコクと旨みがあるカレーだった。















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