第25話「世界よ、私に跪け!②」
「……何で乙女乃怜が俺を呼び出すんだ?」
数日後。
一日の仕事を終えた夕陽は、都内の地下にある高級クラブへ向かっていた。
昨日恋人である永瀬みなみが、乙女乃怜から自分に伝言を預かったというのだ。
詳しくはわからないのだが、どうやら怜が自分に話があるという。
怜は友人である笹島と交際しているのだが、夕陽とはそれだけの繋がりしなく、他に接点らしいものはない。
実際に会った事はあるが、それも数えるほどだ。
そんな彼女がわざわざ自分を呼び出すとは一体どういう事なのだろう。
みなみに聞くと、きっと笹島の事で聞きたい事でもあるんじゃないの?…と、気楽なものだった。
はっきり言って不安しかない。
それにみなみや笹島には決して言えないが、実は夕陽は怜のようなタイプは苦手だった。
昔から女性の武器を全面に出すような振る舞いをするタイプには気後れしてしまう。
「…行くしかないよな。遅れたら余計怖そうだし」
前は横にみなみがいた。
しかし今、彼女はいない。
今回は一対一なのだ。
逃げ場はない。
時計を確認するとそろそろ指定された時間だ。
遅刻をするわけにはいかない。
夕陽は大きく息を吸い込んで、店の中へ歩を進めた。
☆☆☆
「あら、早いじゃない。案外キッチリしてるのね」
店は個室になっていた。
カウンターで名前を言うと、奥の個室へ案内された。
そこには襟ぐりの大きく開いたオフホワイトのニットに雪の結晶が散りばめられた空色のスキニーを合わせた乙女乃怜が座っていた。
「……いえ、お約束した以上、時間は守りますよ」
「へぇ〜。社会人みたいね」
「…みたいじゃなくて、社会人です」
何だか初っ端から疲れを感じた。
夕陽はコートを店の者へ預けると、その向かいに座った。
肩にふわりと揺れる巻き髪から優しく香るコロンが夕陽を落ち着かなくさせる。
みなみとは違う大人の色気を感じた。
怜はじっとこちらを凝視している。
その居心地の悪さに夕陽は悲鳴をあげたくなるのを堪えた。
「あ…あの、何か?」
「いいえ。他意はないわ。ただ、貴方って本当に綺麗な顔してるわよね。貴方のレベルより下の俳優や歌手が大勢いるわよ」
「いや、それは言い過ぎでしょ」
夕陽は決まり悪そうに鼻を掻いた。
「ま、別にいいか…それより先に適当に頼んでおいたけど、他にも食べたいものがあったら言ってね。勿論ご馳走するから」
怜はあっさり夕陽から視線を外し、メニューを差し出した。
受け取った夕陽はその値段の桁に目眩を起こしそうになりつつも、比較的リーズナブルな数点の料理とソフトドリンクを頼んだ。
「あの、それで今日はどういったご用で俺を?」
まさか笹島という恋人がいながら、自分と二人きりで食事がしたいわけではないだろう。
すると怜はビールを一口含み、荒々しく息を吐いた。
「あのね、耕平くんの事で貴方に聞きたいんだけど…」
「あ、笹島ですか」
それを聞いて夕陽は心の底から安堵した。
「そう。耕平くん!彼、もしかしてあたしの事、女王様タイプの女だと思ってない?」
「え、違うんですか?」
夕陽は目を丸くして怜を見た。
すると一瞬で怜の顔が真っ赤に染まる。
「そんなワケないでしょ?失礼ね!」
「いやだって、前の写真集や時計のポスターでそれっぽい格好やしゃべりをしてたし」
「バカじゃないの?それは仕事で割り振られた「キャラメイク」じゃない。貴方本当に何年この世界にいるのよ!」
「いや、いないし。芸能人じゃないんで」
「あぁ…そ…そうだったわね」
怜は我に返ったように身を乗り出していた姿勢を正す。
「ねぇ、耕平くんもそう思ってると思う?」
怜はすがるような目つきでこちらを見る。
「まぁ。多分」
「やぁぁぁっ!あたしは男を足蹴にするような女なんかじゃないの。むしろ足蹴にされるタイプなの」
怜は頭を抱えて机に突っ伏した。
「いや、それは言っちやダメでしょ…」
すると怜はガバっと顔を上げた。
「ねぇ、貴方、彼に言ってくれない?」
「は、何をですか?」
「あたしがめっちゃ気が利く尽くす女だって」
再び夕陽の目が大きく見開かれる。
「何で俺がそんな事、あいつに言わなくちゃなんないんですか、嫌ですよ」
「いいじゃない、ここは友達の恋を助けると思って!」
怜は真剣だった。
だが夕陽は激しく首を振る。
「いやいや、無理ですって。大体友達から自分の彼女が尽くす女だって聞かされるの、あり得ないでしょ。何でお前がそんなの知ってるんだよってなりますから」
「え〜、耕平くんなら有難い情報だって涙するに決まってるわよ」
怜は唇を尖らせる。
「じゃあ、仮にみなみから笹島の知られざる秘密を聞かされたら、乙女乃さんはどうなんです?」
そんな事、絶対に有り得ないのだが、どうやら怜は本気で考えたらしく、すぐに憤慨したように顔を歪めた。
「えっ?…そんなの八つ裂きに決まってるじゃない。耕平くんのイイとこはあたしだけが知っていればいいの」
「…うわぁ、清々しいくらいの矛盾」
「とにかく、耕平くんに言ってよね。本当のあたしはよく尽くす気が利く最高にイイ女だって、お嫁さんにするなら絶対こんな子がいいって」
「増えてるし!それに他の男から言われて嬉しい言葉じゃないだろ。見合いの仲介役じゃないんだから、下手すりゃそれ、新たな火種を生むぞ」
夕陽はそう捲し立て、強引に話を切り上げた。
やはり彼女は苦手なタイプだった。
☆☆☆
翌日。
「あれ、夕陽。どうかしたのか?疲れた顔してるぞ」
朝の電車に揺られ、笹島は珍しいものでも見るように隣を夕陽を窺う。
夕陽は幽鬼のように青白い顔を笹島へ向けた。
「笹島」
「ん、どったの?」
「…乙女乃怜は真の女王様だよな?」
その言葉に笹島は眩しい笑顔を返す。
「おう。でも本当はそれだけじゃないんだぞ。彼女はめっちゃ優しい、いい子なんだ」
「……何だよ。わかってんじゃないか」
夕陽は疲労の色が残る目の隈をほんの少し緩ませた。
終わり。
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