第9話「人気絶頂アイドルが一般男性を看病出来る確率•前編」

「ううっ…夕陽さんっ。何で…何でこんな事にっ!こんな事になるやら、もっと優しくしておけばよかったよぉぉっ」


不意に胸元にかけて圧迫感を感じ、意識を浮上させると、何故かみなみが縋り付くように泣きじゃくっていた。



「なっ……勝手に俺を殺すなっ!何で無言の対面みたいになってんだよ」



思わずガバっと起き上がると、同時にクラクラと目眩を感じ再び枕に頭が沈む。



「あ、起きたんだ。良かった〜」



「……お前、わざとだろ」



「エヘヘ。ソレっぽい演技のお仕事来たら役立つかなって……」



夕陽は胡乱げな視線を恋人へ送る。



「実はお前、この状況を楽しんでるな?」



「そんな事ないよ。本当に心配したんだよ?合鍵使って中に入ったら、中で夕陽さん倒れてるし…」



「そうか……。そういえばあそこで記憶途切れてんな。それはまぁ、悪かった。ここまで運んでくれたんだな」



みなみは黙って首を振る。



「いいの。だって私は夕陽さんの彼女なんだから」



みなみは優しく微笑んで、夕陽の身体に温かな毛布を掛ける。

そして母親のように手を夕陽の額に当てた。



「まだ、熱あるね」


「…だな。まだ怠さが残ってるし」


ベッドサイドの時計を見ると、どうやらあれから一時間くらい気を失っていたらしい。

その間に少し回復はしているようだが、まだ身体には倦怠感があった。


それを見て何故かみなみが死角で小さくガッツポーズを作る。


身体が弱っていても、それを見逃す夕陽ではなかった。


「おい、何だかお前、今、喜んでなかったか?」


「ギクっ!ま…ま……まさか。そんな、熱に浮かされて無防備な色気を振りまく受けに辛抱堪らなくなる攻めの気持ちを味わいたいとか全然考えてないから。本当に!」



「本音を全部漏らすなっ!……大体何でいつも俺がお前にヤラれる役ばっかなんだよ。一度お前の頭の中調べてみてぇよ」



そうムキになったところでまた熱が上がってきた。

夕陽はまた力なくベッドに沈んだ。


「もぅ、無理するから…あ、そうそう。こんな時には卵酒だよね。前に番組の収録で作った事あるんだ」


「いや、いいよ。どうせお前の事だからビールに生卵をぶっ込んだ、トンデモ卵酒が出てくるんだろ?読者だってそう思ってるよ」



「まさかぁ。私、そんな非常識ガールじゃないもん。大丈夫だから」



「……いや、十分非常識ガールだよ。お前。そろそろ自覚持てや」



「はい。お待たせー!」



夕陽のツッコミを無視し、みなみがキッチンから持ってきたのは、お洒落なカップに入った優しい色合いのカクテルだった。



「ジャーン!エッグノッグだよ♡」



「おっ、マジでまともだった…まぁ、これも一種の卵酒だよな。だけどこんな具合悪い時に場違いなくらいシャレオツな飲み物だな」



ちなみにエッグノッグとは北米でクリスマスや新年に飲まれる卵黄や砂糖、シナモンを混ぜた甘い飲み物だ。


みなみは前に一度、バラエティー番組の企画で現地を訪れ、本場のエッグノッグを作っている。



「俺、あまり甘いの得意じゃないんだけどな……まぁ、気持ちはありがたいから頂くよ」



夕陽はゆっくりとカップに口を付ける。

するとみなみはそれを見てニヤリと笑う。



「ふふふっ。大丈夫!そんな硬派でアダルトな夕陽さんの為に、今回はラム酒鬼盛りにしてみました♡」



そう言った瞬間、夕陽の喉が灼熱に燃え上がった。



「ぶはっ!なっ…のっ…喉が灼ける〜っ!」



夕陽はしばらくベッドの上をのたうち回った。

ロクな事をしないアイドルである。



        ☆☆☆



「大丈夫?夕陽さん…」



「大丈夫くねぇ。お願いだから帰ってください…放っておいてください…僕の事はいっそ死んだと思って忘れてください」



「夕陽さん、可哀想に…。熱のせいで弱気になってるんだね。大丈夫だよ。私は側にいるよ。絶対見捨てないから」



みなみは大袈裟に夕陽の手をギュッと握りしめた。



「いっそ見捨ててくれて構わないんだぞ」


「もう。夕陽さんのツンデレさん♡」


「…あぅっ…熱が」


もう熱の苦しさなのか、みなみの看病がキツいのか朦朧とした頭ではわからなくなってきていた。


「あ、そうだ。お薬飲んだ方がいいよね?私、色々家から持って来たんだよ」


そう言ってみなみはテーブルの上に山盛りの薬を積み上げた。


「お前、薬屋でも開く気か?」


「いやぁ、適当に色々買ってたらつい…」


「おい、目薬とか虫刺されの軟骨は関係ないだろ…って、何で妊娠検査薬まで持ってんだよ」


「あ、それ?何か要る時がくるかもなって」


「怖い女の子だな。お前って…」



夕陽は頭痛が強まるのを感じた。



「あった。解熱剤。あ、でもその前に何か食べないとね」


「それならそっちの棚にお粥の買い置きが…」


そこまで言った瞬間、みなみは首を振った。



「ダメっ!そんな出来合いのものより絶対手作りの方がいいよっ。別に手作りのお粥でデキる彼女としての点数稼ぎたいとか微塵も考えてないから!」


「おいおい、最後に思いっきし本音がダダ漏れたぞ」



みなみはエプロンを握りしめ、キッチンへ走って行った。

その後ろ姿を見て夕陽はため息を吐いた。



「何だかんだで一所懸命なんだよなぁ。アイツ。仕方ないな。もう少し付き合ってやるか…」



その時、再びみなみが寝室に顔だけ出してきた。



「ねぇ、夕陽さん。お粥の材料って、お米と水とマヨネーズでいいんだよね?」



「あぁ……って、何?マヨネーズ?」



夕陽は思わず布団から這い出て、みなみの顔を仰ぎ見た。



「夕陽さん知らないの?マヨネーズ入れたらお米がパラパラになるんだよ」



「いや、それどう考えてもチャーハンの場合だろ。お粥をパラパラにしてどうするよ」



「大丈夫だよ。夕陽さん。何とかやってみるから」


そう言ってまたみなみはキッチンへ戻って行った。


「何が大丈夫なんだよ…不安でしかないぞ」



夕陽は体調が刻々と悪化していくのを感じ、悪寒を覚えた。



         ☆☆☆



「はい!お粥出来たよ。私史上一番のデキだと思うな。ポイントは胡麻油と焦がし醤油です」



「…………チャーハンだな」



寝室に香ばしい胡麻油の香りが充満した。

だが、食欲のない弱った胃腸には中々厳しい香りだった。


夕陽はゲッソリした顔でみなみへ告げた。



「お前、もう帰ってくれない?」






後編へ続く。

























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