第10話「人気絶頂アイドルが一般的男性を看病出来る確率•後編」
「あらら、夕陽さん。凄い汗だね…」
「誰のせいだ、誰の!」
ありがた迷惑なみなみの看病の前に、風邪は快くなるどころか悪化の一途を辿り、最早満身創痍の夕陽だ。
「ゴメンね。夕陽さん。このままじゃ気持ち悪いよね。あ、そうだ。今から汗を拭いてあげる」
「いや。いい。必要なら自分でやるから」
夕陽は額に浮かんだ汗を拭い、みなみから距離を取った。
気分は手負いの野生動物である。
背中の毛を逆立てて威嚇する。
「そんな警戒しないでよ。汗を拭くだけなんだから」
その笑顔はいつもテレビで見ているものと同一なはずなのに、今は含みを感じて恐怖すら感じる。
「マジでいいよ。俺、見た目より全然汗なんてかいてないから」
「嘘ばっかり。さぁ、遠慮しないで私に身を任せてね〜」
そう言ってみなみは夕陽の寝巻きに手をかける。
何故かみなみの呼吸は荒々しくなり、ゴクリと唾を呑む音がやけに生々しく耳朶に響いた。
絶体絶命。
身の危険を感じ、身体が強張った。
「やっ……こうなったら、ヤラれる前にヤるしかない!」
次の瞬間、夕陽はなけなしの力を振り絞り、みなみの腕を引き寄せ、ベッドに引き摺り込んだ。
「きゃっ、ゆっ…夕陽さん?」
暴れるみなみの四肢を押さえ付け、彼女の敏感な場所に顔を寄せたところで動きが止まる。
「………て、そんな体力、今の俺には残されてなかった」
パタリと夕陽は力なくみなみの上に倒れ込んだ。
「ちょっと、夕陽さん?ねぇっ!重いよ、夕陽さんっ!」
もう全ての限界だった。
夕陽は再び意識を手放した。
☆☆☆
再び意識が戻ったのは、それから四時間後の事だった。
「……あれ?俺どうしたんだっけ」
ムクリとベッドから起き上がると、いつの間にか新しい寝巻きに着替えていて、あんなに酷かった悪寒や身体の怠さも抜けていた。
「おっ、気付いたのか」
そこに笹島と笹島の兄の妻であるナユタが顔を覗かせた。
「あれ……、何でお前が?」
「あぁ、午後釣り堀で兄貴と義姉さんとで釣りしてたら、みなみんから電話来て、夕陽の大ピンチだから助けてって…」
「何だよそれ。別にそれ程ピンチじゃ…いやある意味ピンチだったな」
「それで慌てて駆けつけて、そこで死体のようになってる夕陽を見つけたってワケ」
「……で、肝心のみなみは?」
そういえばみなみの姿が見えない。
どこへ行ったのだろうか。
「あ、みなみんなら仕事があるからって、俺らと入れ違いで出て行ったよ」
「マジか………」
何だかそれを聞いて安堵から力が抜けた。
そういえば朝、彼女が半日だけオフになったと言っていたような気がする。
「おい、お粥の準備出来たが、食えるか?」
その時、キッチンから可愛らしいエプロンを付けた笹島の兄、祐悟が顔を覗かせた。
「げっ、何でお前の兄貴までいるんだよ」
夕陽は思い切り顔を引き攣らせた。
笹島兄には高校の時から何かと世話になっているのだが、どれもいい思い出がない。
思えば、お祭りの時に不良番長からカツアゲされそうになったのを助けてもらったり、彼女と一緒に行った花火大会で不良グループに妬まれてボコられそうになった時も助けてくれたし、塾の帰りにカツアゲされそうになった時も助けてくれた。
そして最後には不良番長の彼女に一目惚れされ、トラブルに巻き込まれた際も助けてくれた。
とにかく夕陽がピンチになると、何故か何処からともなく現れ、助けてくれるのだが、やはり男としては恥ずかしい思い出である。
まさか大人になった今でも、その祐悟にまた助けられるとは思わなかった。
祐悟はどうやらお粥を作ってくれたらしい。
「ごめんなさいね。私が作るって言ったらこの人、オレがやるって聞かなくて…。でも料理は私より上手だから安心して」
ナユタが、申し訳なさそうに手を合わせる。
彼女と会うのはまだ数回だが、笹島の話と違ってかなり常識人に見えた。
そんな彼女は現在妊娠中である。
祐悟はそんな彼女の身体を気遣ったのだろう。
とても夫婦仲は良さそうだ、
「ほら。食えるなら食え」
「…あ、スミマセン。いただきます」
祐悟は夕陽の前にお粥の乗ったトレイを差し出した。
お粥の他にも卵焼きやリンゴやヨーグルト等の皿も並んでいた。
リンゴがウサギになっているのは、祐悟の手によるものだろうか。
「あの…美味しいです」
お粥は卵が入っていて、ほんのりと出汁を感じる優しい味だった。
「おう。そうか。良かったな。俺はあまり料理はしないからな。今回久しぶりだったんで不安があったんだ」
「兄貴、毎回ウチ来てメシ食って帰ってくから、料理してるとこ久々に見たわ」
「片付けが面倒なんだよ」
笹島は珍しいものでも見るようにお粥を覗き込んできた。
「本当に助かりました。マジでアイツの看病が酷くて…」
「気にするな。俺はおまけでこのお節介二人について来ただけだ」
しかし笹島一家には本当に助けられた。
このまま安静にしていたら回復するだろう。
「あ、こっちに凄く美味しそうなチャーハンがあるよ?」
その時、キッチンからナユタの声が聞こえてきた。
見ると、今まで出してきた事のない大振りの中華鍋を持っている。
「あ、それみなみが作ってくれたお粥です」
「……夕陽、大丈夫か?まだ熱があるんじゃね?」
笹島が心底心配したような顔で夕陽を見た。
「いやいや、あいつがそう言ってただけで…」
「でもすげぇ美味い。こんな本格的なチャーハン食った事ねぇ」
「だな。だがこれは病人の食うもんじゃねぇな」
笹島兄弟はチャーハンを夢中で貪り食べている。
「ま、兄貴たちはこれで帰るけど、後は俺が看てるから安心して休めよ」
「別にいいのに…」
「いやいや。みなみんにしっかり頼まれたからね」
そう言って笹島は自分の胸を叩いた。
まぁ、みなみよりは幾分マシかと夕陽は布団に潜り込んだ。
翌日、夕陽の熱は無事に下がり、何事もなかったように仕事へ出る事が出来た。
彼女や友人に感謝しつつ、その日の業務を無事に乗り切り、帰途についた。
すると部屋の前に布団を被ったみなみが座り込んでいた。
「なっ…みなみ?どうした」
「ゴホッ…、ゆ…夕陽さん。風邪ひい…た。たす…け…て」
「何ぃぃぃ?」
次回。
一般男性に人気絶頂アイドルが看病される確率……に続く?
…いや、需要なさそうなのでやりませんよ。
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