第8話「人気絶頂アイドルが一般男性を看病出来る確率•序章」

「う〜ん。これはどうやら風邪をこじらせたな」


夕陽は体温計をテーブルに置き、ため息を吐いた。

熱は37.5度。

どうも今日は朝起きた時から身体が怠かった。

このところ、会社で新しい仕事を頼まれ、その気負いから少し頑張り過ぎたらしい。


「ふぅ…。けど今日は幸い休日だ。一日しっかり休めば何とかなるだろう」



冷蔵庫にはまだ食材の備蓄はあるし、調理しなくても口に出来るインスタントやレトルト食品にも余裕がある。


なので今日をしっかり休んで乗り切ればいいだけだ。


そうと決まると夕陽はすぐに薬とアイスピローを用意し、巣ごもりの準備を始めた。


その時だった。


来客を知らせるインターフォンが鳴り響いた。

体調の悪い日ほど、こんな早朝に突然の来客が煩わしい事はない。

夕陽はどんよりした気分で通話ボタンを押した。



「………はい」



我ながら驚く程、老人のような嗄れた声が喉から搾りでた。



「やっほー。夕陽さん。今日久しぶりに半日オフなんだよね〜。遊んで♡」



何と来客は人気絶頂アイドルにして、夕陽の彼女である永瀬みなみだった。

彼女は呑気にウサギとカメのパペットをクネクネさせている。



(……はっ、しまった。コイツの存在を忘れていた)



通常の体調なら恋人の予期せぬ来訪は嬉しいが、今は出来るだけ会いたくない。


彼女の相手は体力と気力が必要なのだ。

それに万一風邪を移したりしては大変だ。


 

「ゴホン……おかけになった番号は現在使われていないか…」



「…夕陽さん。これインターフォンだけど」



「………」



「そういえば夕陽さん、声の感じ変だね。もしかして……」



モニター越しのみなみが訝るように顔を寄せてくる。

向こうにこちらの顔は見えないはずなのに、夕陽はギクリと冷や汗を浮かべる。



「……な、何だよ?」



「オレオレ詐欺の人?」



「馬鹿かっ!何で電話じゃなくてインターフォンでオレオレ詐欺すんだよ。しかも来客相手に」



「そのツッコミ!やっぱり本物の夕陽さんだね。良かったぁ」



「…そこで判別されても…な……ぁ、熱が…」



興奮したせいか視界がぐらつき、足に力が入らない。

夕陽は床にヘナヘナと座り込んでしまった。



「えっ?夕陽さんっ?どうかしたの、ねぇっ!」



みなみの呼びかけが遠くで聞こえる。

夕陽はそんな事を考えながら意識を手放した。




風邪の日に、現役アイドルの彼女に看病してもらえるドキドキイベントの始まりである。

何が待ち構えているのか想像するだけで恐ろしい。


次回「間違いだらけの看病編」


お楽しみに。

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