第57話「魔法使いになりそこねた男*激情編序章」
深夜の怜のマンション。
怜は窓辺でワインを手に、ぼんやりと階下に広がる東京の夜景を眺めている。
恋人の笹島は寝室で伸びていて、こちらからだらりと下がった二本の足だけが見える。
それを見た怜は優しい笑みを浮かべた。
後3ヶ月ほどで付き合って一年になる。
以前と比べて自分は何か変われただろうか。
恋人に依存する事で自分を支えていたあの頃から。
「あれ、莉奈さん。まだ起きてたっすか?」
その時、全身にシーツを巻きつけたてるてる坊主のようなアフロ…もとい、笹島がヨロヨロした足取りでやって来た。
「起きたの?」
「あ、トイレ…っす」
笹島は顔を赤くしながら小さな声で告げる。
「ふふっ。どうぞ行ってきて」
「はいっ」
笹島は再びノソノソとシーツを引きずりながら奥のトイレへと消えていった。
怜はもう一つグラスを持ってくると、そこにワインを注いだ。
「はぁ…スッキリした〜」
「耕平くん。ちょっとこっちに来て飲まない?」
「あ、はいっす」
笹島は遠慮がちに怜の隣に座ると、グラスを手に取った。
その際、シーツがはだけそうになり、すぐに手繰り寄せる。
「……あなたを見ていると、その…清純な乙女を汚してしまった感が高まるのは何故かしら」
「や、いや。スンマセン。違うんです。まだ緊張して」
「まぁ、気持ちはわからないでもないけど。で、どうだったの?少年期を卒業した気分は」
怜はワインを一口飲むと、揶揄うように笑顔を向ける。
「………正直まだ実感がないです。自分が考えてたのよりあっさりというか」
「それは男女の差はあるからね。私はもう忘れちゃったなぁ。勢いで流された感じ。あまり感慨みたいなのもなかったし。大体アイドルに求められる処女性ってなんなの?どうせヤれないのに、そういうとこ重要なの?」
「ぐっ……それは、今言われると耳が痛いっす」
今まで散々アイドルの熱愛報道に対して怜が言う気持ちの悪い持論を展開させていた筆頭だったからだ。
「正直よね。耕平くんは」
「………」
笹島は怜の方を見ないようにしながらワインを口にした。
独特な酸味と渋味にぼやけていた思考が明瞭になっていく。
「莉奈さんはこれからどうなっていきたいんですか?」
「あたし?そうねぇ…今のお仕事を頑張るつもり。何でも挑戦してみたいな。耕平くんは?」
「俺っすか?俺も今の仕事に役立つようスキルアップするつもりっす。それと怜サマをもっと推して推しまくる!」
怜がゆっくりと笹島にもたれ掛かる。
ふわりと自分と同じシャンプーの香りが漂った。
「ふふっ。頑張ってね」
笹島はそれに頷いた。
暗闇の中、怜の手を探り優しく手を繋ぐ。
先程の熱は冷めて、さらりとした手の感触が心地よい。
すると途中から怜の肩が震えて、嗚咽が漏れ出した。
「莉奈さん?」
「ゴメンね。耕平くん。あたし、やっぱり耕平くんの理想の彼女にはなれないや…」
怜は笹島に触れるだけのキスを一つ残すと立ち上がった。
「しばらく、あなたとは会わないわ…」
笹島はその言葉にただ茫然とする事しか出来なかった。
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