第15話「バーチャル彼女・前編」
トロピカルエースのスマホ専用アプリ「トロサバ」が、業績不振により中途半端な傷跡を残し、サ終を迎えてから2ヶ月後、同じ開発元から新アプリが発表された。
その名も「トロピカルエースのスマホ彼女」
アイドルグループ、トロピカルエースのメンバー、一人を選んで彼女とし、365日を共に過ごすという、いかにもどこかであったな…的な匂いを醸し出すゲームだった。
「……で、何でリアル彼女がトロピカルエースのメンバーなお前がそれやってんのか謎なんだが?」
昼食を終えた夕陽は、社内の休憩室でニヤニヤ顔でスマホを眺めている笹島を見つけて声をかけたのだが、早くもそれを後悔しかけていた。
「え?これは別腹っしょ。リアル怜サマと、バーチャル怜サマはそれぞれ別の魅力があんのよ」
そう言って笹島はキス顔で固まっている怜のゲーム画面を見せてきた。
「例えばリアルじゃ絶対言えない事がこのアプリでは言えるじゃん。俺にキスしろって命令形のヤツ」
「別に言えばいいんじゃないのか?あの人なら喜んでしそうだが?」
夕陽は首を捻る。
冗談のような話ではあるが、笹島の彼女になった怜は何故か笹島にメロメロだ。
一体この男のどこがそんなに気に入ったのか今でもわからない。
「いやいや言えるわけないっしょ。俺がそんな生意気な口きいたら…」
「生意気って、あの人年下じゃなかったか?」
「とにかく怜サマは俺の全てなんだよ。だから超大切にしたいの!その代わり、このドス黒くて汚い欲望は全てスマホの怜サマに注ぎ込むんだよ」
席を立ち、拳を突き上げる笹島を見て、夕陽は彼から距離を取った。
「……俺、お前の友達止めてもいいか?」
☆☆☆
その夜。
夕陽は自宅の寝室のベッドに寝そべり、スマホを弄っていた。
「…初期設定はこれでよし……っと。おおっ、始まった」
昼間、笹島の前では興味のないフリをしていたが、つい夕陽も気付けばアプリをインストールしていた。
ゲームはトロピカルエースのマネージャーとなって、一人のメンバーと距離を縮め、付き合うようになるという設定なようだ。
夕陽はマネージャーとしてのスキルと男性的な魅力のパラメーターを上げる作業をひたすら進め、深夜のうちに永瀬みなみに告白されて付き合う事に成功した。
「……………こ…これは」
スマホを手にして数時間。
夕陽はすっかり放心していた。
「これはこれでアリ…だよな」
アプリ内ではマネージャーである夕陽とみなみの同居が始まっていた。
みなみは疲れて帰ってきたマネージャーの為に風呂を沸かし、美味しそうな夕飯を作って待っていた。
「クソっ、本物のみなみじゃこんな事、絶対やらねーよな。めちゃめちゃ可愛いじゃねーかよ」
夕陽はスマホから目を逸らし、天井を仰いだ。
「そういえば、もう課金はしないって誓ったんだよなぁ…」
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