第59話「伏見夫妻の新婚旅行編•男旅、始めました」

「あー…。何で俺まで森さら夫婦の新婚旅行のリハーサルに同行しなきゃならないんすかね。しかも男ばっかで……」



笹島は車を降りるなり、そうぼやいた。

それと同時にアイマスクと大音量でハードロックが流れるヘッドホンを乱暴に外される。


すると遮られていた光の刺激が強烈に網膜を焼いた。

目がチカチカする。


やがてそれが治まってくると、今度は視界が一気に開けて、目の前に廃墟のような旅館が姿を現した。


その強烈なインパクトに思わず笹島は恐怖に息を詰まらせた。



「こんな旅館、よく見つけましたね。絶対昔何かあった的なオーラが半端ないじゃないすか」



「ふぁあ。眠い…。僕も何で連れて来られたのかさっぱりわからないんだけど?」



「いやぁぁっ、そこに居るのはもしかして支倉翔!?ヤバい、こんな大物までいるし!何で?何なのねぇこれ」



続いて今まで笹島が乗っていた車の後部座席からのっそり出て来たのは、今をときめく男性アイドルの支倉翔だった。


はっきり言ってキラキラのオーラが半端ない。

その翔は改めて笹島の顔をじっくり見つめた。



「誰だ、お前…」




「うわっ。何かガラ悪。思ってたのと違う!支倉翔って言えば、甘くて可愛い顔と声が売りなアイドルじゃん。それが何なのこの反社会的な威圧感!」




笹島は半べそをかきながら緩い感じでキャンディーを口に入れ、ベロベロしている限竜に縋りついた。



「あー、ハセショ先生はこれがデフォルトなの。でも撫で撫でしてあげると、すーぐ懐くから大丈夫」



「懐くか!いいか、やったらマジ殺すからな」




翔は凄まじく悪どい顔で笹島を威嚇した。

すると即座に笹島がすくみ上がる。




「いやーっ、無理!撫で撫で無理!マジで噛みつかれそうなんですけど。もうお願いですから家に帰してください!」



「まぁまぁ。笹錦くんだっけ?そんな事言わずに仲良くやろうや」



次に降りて来た檜佐木は呑気に笹島の肩に腕を乗せてきた。


女子ならば赤面モノのシチュエーションだが、笹島には上級生にカツアゲされてる下級生にしか見えない構図だった。



「ササジマです!お米のブランドっぽく言わないでください」




「あー、悪いね。男の名前は見た目が可愛くないと記憶に残らないみたいなんだ♡」




「うわぁ、今めっちゃ素敵な笑顔でめっちゃ酷い事言われたー」




笹島は溢れそうになる涙をそっと拭った。


ここは伊豆にある古びた旅館。

限竜が妻である森さらさとの新婚旅行を前に色々な旅館を視察をしたいというので、檜佐木圭介と支倉翔を伴って出かける事にしたのだが、途中で限竜がもう一人、常識的な一般人の意見を取り入れたいと言い出した為、急遽乙女乃怜の交際相手である笹島が大抜擢された。


会社帰りのところを拉致られた笹島にとっては非常に災難である。




「しかし、こういう鄙びた旅館って大丈夫なのかね」



翔が古びた旅館の門扉を見上げながら、渋面をつくる。



「へ、何がっすか?」




「いや、アレだよ。ユーレイ的な?」



翔が両手をブラブラさせて「うらめし〜」と言い出した。



「小学生かよ、レンレン」



「ひぃっ!」




檜佐木は笑っていたが、間に受けた笹島の顔面から全ての表情が消えた。




「ちょい待てよ。大丈夫だって。笹錦くん怖がってんじゃん」




檜佐木はまだ呑気に笑っているが、笹島は何となく感じていた。

この旅館には何かあると。



「ま…まぁ、疲れたし中に入ろうぜ。早く風呂入って寝たいわ」




翔は生あくびをしながら、車から荷物を取り出す。



「あれ、俺何も着替えとか持ってきてないんすけど?」



「そんなの旅館に売ってるよ。大丈夫、大丈夫」



限竜は笑顔で笹島の背中を押した。




「そ…そっすね。お金三千円しか入ってないんすけど」




笹島は恐る恐る恐怖の館へと足を踏み入れるのだった。

そして途中で立ち止まり叫んだ。



「あーっ、何でこんな時に夕陽、いないんだよ。絶対心潰れるぅぅぅっ!」




「うるせぇぞ、笹錦!早く来い」



そこに先に入った翔の怒鳴り声が響く。

可愛らしい女の子のような声なのに言動は全然愛らしくない。



「あぁっ、しかももうササニシキで俺の名前定着してるしぃ!」



泣いていても仕方ない。笹島はそっと涙を拭い、中へ入って行った。





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