第44話「キミは罪を犯した天使でも愛せるのか?」

「…荒れてるとは言ったけど、本当に酷いわね。これは。みなみとは違う方向で酷いわ」



「………だったら帰れよ」



ムスっとしたまま限竜が呟くと、すぐにさらさの拳骨が飛ぶ。

しかも今の限竜は体力がほとんどない。

更に壁に額を打ち付ける鈍い音がした。



「ちょっと、避けてよ!いやだオデコがちょっと切れてる」



「別にいいよ。痛くないから」



限竜は乱暴に袖で流れた血を拭うと部屋の隅っこに座り込んだ。

楽屋でも思ったが、どうやら彼は部屋の隅が好きらしい。



「もう消毒してから絆創膏貼るからこっち来て」



「触るな」



何だかとても面倒な男になっているとさらさは内心舌打ちをしたくなった。


嫌がる彼に強引に手当をした後、さらさは床に散らばるアルコールの缶と錠剤を掃除し始めた。


限竜は膝を抱え、黙ってその様子を眺めていた。

彼の部屋はかなり広く、しかもタワマンの最上階にある。

かなりのお金持ちでないと住む事が許されない物件だ。

まだデビューしてそこそこの彼がなぜこんなところに住めるのか疑問は残る。



「しかし本当に物がないわね。生活感がまるでない。ミニマリストにしてももう少し物はあるはずでしょ」



「興味がない」




「あっそ。じゃあ、まぁいいか。それより何が食べたい?一応一通りの料理は作れるつもりよ」



掃除が終わり、さらさは持参したエプロンを装着して腕まくりをした。

しかし限竜はすぐに横を向く。



「何も食べたくないからいらない」



「いいから言いなさい!」



「……出来るだけ味がしないヤツ」



「味がしない?何なのその謎かけみたいなの。お豆腐とか?」



限竜は俯いたまま頷いた。



「脂多い肉とか、コテコテしたデミグラスみたいなのは無理。口に入れたくない」



「ふーん。じゃあゼリーとかも大丈夫そう?」



「甘いものは多分大丈夫」



「わかった。じゃあ出来るだけ工夫してみるから」



さらさは何もないキッチンへ持参して来た材料と道具を並べる。

備え付けの調理器具はどれも最新のもので、オーブンレンジや冷蔵庫、食洗機等が全て一枚のパネルで隠されてしまうオシャレなものだが、どれも使われた形跡はない。



「冷蔵庫はお水とビールだけか。本当に今までどう生活してきたのかしら」



        ☆☆☆




「はい、取り敢えず出来るだけ味付けしないようにして栄養の取れそうなもの作ってみたわよ」



しばらくしてさらさは配膳トレーにオートミールのお粥と野菜スープ、ゼリーを乗せて持って来た。


それを見た限竜はさらさの顔を見上げた。



「どうしたの、食べないの?」



「……また吐いちゃうかもしれない。それを見られたくない」



さらさは屈んで軽くハグをした。



「戻しちゃってもいいよ。ちゃんと片付けるから。今は少しでも食べてみて」



「ん……」



スプーンを差し出され、それを受け取ると、限竜はゆっくりとそれを口へ運ぶ。

彼の喉が微かにそれを嚥下する。



「…美味しい……と思う」



「そう。良かった」



さらさは優しく微笑んだ。

結局限竜はその食事のほとんどを戻してしまった。


トイレで彼の背中を摩っている間中、彼は何度もゴメンと言い続けた。

さらさは目に涙を浮かべて無言で背中を摩った。



「ねぇ、帰らないの?」



やがて夜も深まり、さらさは眠りたくないという限竜をベッドへ寝かしつけた。



「帰るわよ。ただし紘太を寝かしつけて、眠ったのを確認してから帰るから」



「紘太」と呼ばれて限竜は目を逸らした。

耳が赤く染まってるのを見ると照れているのがわかる。



「あのさ。一応確認しておくけど今の俺たち、男と女なんだよ?それに付き合ってもいない」



「でも「お試し」なんでしょ?だから恋人同士がするような行為はしない。そうだったよね」



「……ずるいな」



「何がよ」



急に悪戯心が芽生えたさらさは、ベッドに横たわる限竜の横に滑り込み、身体を寄せてきた。



「うわっ、何するん……」



ふわりと漂ういい香りに限竜の理性が揺さぶられる。



「止めよう。これはやり過ぎだ」



「え?」



何故か限竜の息は乱れ、目元は赤くなっている。



「何?もしかして勃っ……むぐっ!?」



「あんた最低だっ、デリカシーに欠ける」




どうやら図星をさされたようで、限竜は勢いよくベッドから飛び起きた。


本当に彼は年上なのだろうか。

ステージでのメイクを取ると、普段の言動と違うせいか、やけに顔立ちが幼く見える。


公式サイトには三十代とか曖昧に記載があったが、どうも怪しい。



「何なの。中学生じゃあるまいし。あれ、どこ行くの?」



「トイレ!」



限竜は叫ぶように言うと、寝室を出ようとした。

早く彼女の側から離れたかった。



「手伝おうか?」



そんな限竜にさらさは更なる追い討ちをかける。

すると限竜はパタリと力無く両腕を垂らした。



「…………萎えた」



「ちょっと、何でよ」



憤慨するさらさを後目に限竜は黙ってベッドに横たわった。



「ねぇ」



こちらに背を向け、限竜が声をかけてきた。



「何?」



「家族に罪を犯した者がいる相手を更紗は受け入れる事が出来る?」



「え?それってどういう……」



「ゴメン。今のはナシ。忘れて」



それきり限竜は何も言わなくなった。










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