第45話「これ以上好きになるとボクはもう独りで歩けなくなる」
「ごちそうさまでした」
「ハイ。お粗末さまでした。今日も完食出来たね。エライ、エライ」
「…………」
あれから少しずつだが限竜は食事が出来るようになってきた。
だが少しでも量を間違えると戻してしまうので、その量も慎重に加減しないとならない。
その間も限竜は普通に仕事をしているので心配は多い。
モソモソと面白くなさそうな顔で食後に出したリンゴを口にする限竜をキッチンから洗い物をしながら眺めていると、彼がこちらに気付いた。
「……何?」
「ううん。ただ、可愛いなと思って」
「……………」
「すぐ拗ねるんだから。紘太、本当にいくつなの?」
「三十くらい」
「くらいって、何か怪しいんだよね。メイクでワザと老け顔にしてない?」
すると限竜は気まずそうな顔をした後、軽く舌打ちをした。
「あれは道明寺限竜っていう演歌歌手ってプロジェクトの設定なの。公式にも記載があったと思うけど。確かに三十ではないけど、それに近いくらいだから」
「ふぅん…。で、実際は何歳なのよ」
「しつこいな。言いたくない」
どうやら本当に二十代のようだ。
何故そこまで秘密にしたがるのかは不明だが、演歌歌手、道明寺限竜は元々覆面歌手として売っていくつもりだったようで、彼のプロフは結構フィクションが多く、正確性はない。
「秘密が多いよね。じゃあ出身はどこ?」
「東京」
「本名は本当に伏見紘太なの?」
限竜は面倒そうにため息を吐いた。
「そうだよ。何その今更ながらの身辺調査。公式の血液型や身長も嘘じゃないよ」
そう言うと限竜は立ち上がり、リビングを出て行こうとする。
「あれ、どこ行くの?」
「一々煩いな。シャワー浴びてくる」
「下着、ちゃんと持っていかないと全裸で出てくる事になるよ。それに一人で大丈夫?」
「はぁ…出ないから。中に予備があるんだよ。それともう付き添いはいいから」
そう言うと限竜は出て行った。
さらさはその姿を見て笑い出す。
「何なの、あの可愛さ。私、変かな…」
まるで反抗期の息子のようなやり取りな気もするが、さらさはこのやり取りを楽しんでいた。
最初はこちらが余裕な態度で揶揄われてばかりいた。
だが今は体調を崩し、弱っているせいでそんな自分を取り繕う余裕がない彼が子供のようで可愛く見えてしまうのだ。
思わずニヤケているさらさの前にわりと直ぐに限竜が戻ってきた。
「あれ、早過ぎない?」
「……浴室入ったら目が回ってきて、立っていられなくなった」
真っ青な顔で出て来た限竜は髪を洗っていた途中だったのか、髪から水滴がフローリングに滴っている。
「もう。だから言ったじゃん。顔真っ青になってる。まだ無理なんだって。髪乾かすからこっちに来て」
「………もう帰ってくれよ。あんたが来てから見られなくないものばかり強制的に晒されて公開処刑のようだ」
「別にこっちは何とも思ってないから平気よ。怜の世話だってずっとやって来たんだし。あの子にお風呂だって入れてたし、ご飯も食べさせてたんだから」
さらさは胸を張る。
資格はないけれど、ドラマで介護職のヒロインを演じた事があり、実際の現場でも学んだ事が役立っていた。
「早乙女莉奈は同性だよ。こっちとは精神的苦痛が違う」
「ハイハイ。早い話があんたはお風呂の介助が嫌だったのね。でも一人で入れないんだから仕方ないでしょ。嫌だったら早く元気になりなさい」
「くっ…」
限竜は悔しそうに唇を噛む。
「今日はこれからどうするの?仕事?」
「メンクリ行くだけ」
「そっか。私はお昼の生があるから少し早めに出るね。蓜島さんと行くの?」
「まぁ。うん」
限竜の通うメンタルクリニックは怜も通院していた芸能人の患者が多いクリニックだ。
よって秘匿性も高い。
「薬、減るといいね。それからしばらくお酒はダメだからね」
「…全部片付けたクセに」
冷蔵庫を見て限竜は落胆した。
アルコール類は消え、数々の食材で満ちていたからだ。
「じゃあ、私行くから。また夜にね」
「来なくてもいいよ」
「まだお試しは続いてるんだから却下です」
「………お試しはもう止めたって何度言えば」
さらさはもうドアを閉めていた。
オートロックが作動する音を聞きながら、限竜は顔を覆う。
「これ以上、好きになりたくないのに……」
☆☆☆
さらさがウキウキした気分で限竜の部屋から出て来た時だった。
限られた者しか入れない共有フロアにさらさは見知った人影を見つける。
「あれは、円堂さん?」
まだまだ続きます。
連休中に更紗紘太編を終わらせたいと思ってます。
でないと本編が進められないから。
このカップルは面白いですね。恋愛が進むとパワーバランスの比重が逆転するから。
ここでは本編で詳しくやらなかった詩織の事件についても明かされる予定です。
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