第38話「婚活アイドル2」

「ちょっと信じらんないんだけどー。なんでよりによって同業者が来んのよ。プロフに嘘入力してんじゃないわよ」


「なっ…、こっちだって同じです!何が実業家よ。そっちこそ嘘じゃない」



週半ばの水曜日。

場所は都内の深夜営業のカフェ。


あれからさらさは婚活アプリでマッチングした相手と数回のやり取りをした後、実際に会う約束を取り付けた。


初めての大冒険に、昨日は頭の中で何度も出会いの挨拶をシミュレーションして中々寝付けなかった。


だが、待ち合わせ場所に現れた相手を見た瞬間、さらさは悲鳴にも似た声をあげて頭を抱えた。


そこにはふてぶてしい顔でレモンスカッシュを啜る演歌歌手の道明寺限竜がいた。


限竜はさらさの姿を見た瞬間、盛大に顔を顰めた。



「実業家は嘘じゃないわよ。あたし、春から新しい事務所立ち上げたんだもの。今はそっちが本業って言えるわ」



「ななななっ…何言ってるんですか。まだありますからね、あなた伏見紘太なんて偽名使ってたクセに!それにメッセージではまともな文言でやり取りしてたじゃない。完全に騙されました」



さらさはスマホのメッセージ画面を限竜に突きつけた。

だが限竜はそれを鼻で笑い飛ばす。



「はんっ、本名だもの。間違ってないわ。まさかあんた、あれが本名だなんて思ってたんじゃないでしょうね?バカじゃないの?それにこのしゃべりは事情があってわざとそうしてたんだけど、楽だから素になっちゃったのよ。でも文書にする時まで使わないわよ」



「むっ…かつく。来るんじゃなかった」



さらさは怒りで真っ赤になった顔を引き締め、踵を返す。



「ちょっと待ちなさいよ。まぁ、不本意だけど仕方ないわ。少し話しましょ」



何故か引き止める限竜の意図がわからない。



「結構です!」



全く王子とは違う。

何て粗野で下品で横柄な男なんだろう。

さらさはつい夕陽と比べてしまう自分を止められなかった。



「……その、悪かったわよ。少しだけ言い過ぎたわ。だから座って」



「………何よ」



さらさはまだ怒りが燻っているが、急にしおらしくなった限竜を見て、おとなしく席へ座った。



「あんた、結婚したいの?」



「え?……まぁ、そうね。だから登録したんだし」



正直、切実に結婚したいとまでは考えてはいない。

だが、このままアイドルを続けていくと今しか出来ない事をいくつも逃してしまいそうな不安感はある。


今回の大冒険もそこに起因している。



「へぇ…。まぁ、アイドルっていっても、あんたもアラサーだし、やっぱ考えるか」



「ちょっ…何ですか。失礼ですね」



それは事実だし十分自覚はあるが、こうもズバズバ言われると腹が立つ。



「別に貶すつもりはないわ。誰だってそういう年齢になって恋人の一人もいないとなれば考えるものよ」



「………」




恋人がいないのは確かだが、前提で語られるのもやっぱり腹が立つ。



「じゃあ、伏見さんも結婚したいんですか?」



少し挑発的にさらさは限竜を睨んでやった。



「あたし?そうね。そのつもりよ。そうだ。じゃあ、あんたお試しであたしと付き合ってみない?」



「は?何で私があなたと…」



さらさは軽い頭痛を感じた。



(もう…どうなっちゃうのよ。助けて…王子)







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