第49話「キミは可愛い年下の男の子」

「何か飲むかい?」



「いえ、結構です」



円堂とさらさは共有フロアにある区切られたプライベートスペースに座った。

こうして二人きりで向かい合うのは本当に久しぶりだ。


二人が付き合っていた日々はあまりに短い。

円堂はただ横に添える花が欲しかったから側に置いただけだったし、さらさも円堂教授の近況を知りたいという好奇心と、次に繋がる仕事のチャンスを彼の背後から狙っていたに過ぎないビジネス的な恋愛といえた。



「驚いたよ。まさかここでキミとまた顔を合わせるなんてね。もしかしてキミは紘太の事を…」



「好きですよ?それが何か」




相変わらず持って回った言い方をする円堂が気に入らなくて、さらさは隠さずハッキリ言い切ってやった。

円堂はやや面食らった顔をしている。

いい気味である。



「ふっ……それは結構。ではもうキミは知っているんだね。あの子の親が誰であるのかを」



さらさは頷く。



「逆に円堂さんも知っていたんですね」



「あぁ。それはね。あの子が初めて私を訪ねて来た時に気付いたよ。こちらを敬うような口をきいてるのに、やけに反抗的な目を向けてくるからね。あぁ、あの子はやっぱり私とあの人の子なんだってね」



「……そんな彼にわざわざ野崎詩織の監視を命じたんですか?」



「あれは…まぁ、たまたま私も忙しくて手が回らなかっただけだよ。ちょっとした意地悪……冗談のつもりだったのだが、根が真面目なのかしっかり守り通してくれたよ。ははは…アイツ、どうしていいかわからなくて妙な口調まで操って男性恐怖症の彼女に向き合ってたがね。その彼女も私の庇護を離れてしまった」



円堂は肩を竦めた。

野崎詩織は親友永瀬みなみと決別する事で新しい一歩を踏み出した。


マスコミにはこの事が一切漏れないよう配慮され、円堂兄弟が出頭した際も罪状は詐欺や恐喝となっていた。


だが被害者も秘匿され、和解したとしても…それでも彼女が心に負った傷が消える事はない。


そして限竜の傷も。



円堂はそれをわかっているのだろうか。



「それで紘太の居場所だが…」



「知ってるんですか?」



少し喰い気味になってしまった。

だが今は少しでも手掛かりが欲しい。

円堂は柔らかい笑みを浮かべた。



「やれやれ、どうやら我が子は相当キミに愛されているようだね。それも「元カレ」としては少し妬けるかな。あの子は今、伏見へ帰っているよ」



「伏見?伏見って実家ですか」



「あぁ。帰ってからそのまま意識を失ってね。一時は緊急搬送されたようだが今は実家にいるよ。ただね、意識の方は戻らず今も眠ったままのようだ」



「えっ?」



円堂はスーツのポケットから一枚のメモを取り出す。



「伏見の住所だ。会いに行ってやってくれ」



「いいんですか?」



円堂は頷く。



「勿論。あの子は一番苦しかった私を支えてくれた恩師との間に出来た大切な子供だ。まぁ、本人には言わないがね。その子を大切な思い出を共有するキミに託すよ。大切なものを一つにまとめておくとする」



「円堂さん…」



「全く…24にもなる男が何度も心神喪失で倒れてその度に女に心配させるとは情けない」



円堂が漏らした言葉にさらさが固まった。



「え、今なんて言いました?」



「情けないと言ったのだが?」



「そうじゃなくて、24って何ですか!」



すると円堂が合点が一致したとばかりに手を叩く。



「何だキミ、もしかして紘太が本当に三十過ぎの演歌歌手に見えていたのか?あれはお遊びのようなプロジェクトだ。あれの素性をなるべく隠匿する為のね。一応あれのプロフィールにはフィクションだと明記してあったはずだぞ?あんな海や水族館ではしゃいだり、ハンバーグで飛び上がって喜ぶ三十路男、そうそういないだろう。大体私をいくつだと思ってるんだ。いくら十代で作った子でもまだ四十代だぞ?」



「あ…ははは。二つも下だなんて……」



最後にさらさは力無く笑った。

素になった限竜がやけに子供染みて見えたり、年齢を絶対言わなかったのはこんなカラクリがあったのだ。







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