第50話「遠回りしたけど、キミを迎えに行く」

「ここで間違いないよね……」



「伏見」と表札のある邸宅の前に立ったさらさはぼんやりと建物を見上げた。

限竜の実家は門から庭までがかなり広く、豪邸と言ってもいいハイクラスな家だった。


その前には一台の救急車が停まっており、さらさの到着と入れ替わりに去って行った。


まさか限竜に何かあったのかとさらさは躊躇いを捨ててエントランスへ向かった。


するとそのタイミングでドアが開いて、中から中学生くらいの男の子が顔を覗かせた。



「えっ?あの…こんにちは」



この子は限竜の兄弟なのだろうか。

さらさは戸惑いながらも少年に挨拶した。

すると見る間に少年の顔が真っ赤になり、興奮するように息を弾ませた。



「も…もしかしてトロエーの森さらですか?本物?」



「あ…え……えぇ。そうです」



ここで別人を装っても仕方ない。

さらさは認めることにした。

すると益々少年は息を弾ませる。



「うわーうわーマジ?マジで本物の森さら?これドッキリなの?うわぁ、顔ちっせぇ、足長っ」



「あはは…あのぅ、お父様はいるかな?来る前に連絡は入れたんだけど」



「わかった。すぐ呼んでくるね」



一応相手の都合の事を考えてさらさは限竜の父親に連絡を入れていた。

電話口の父親はとても柔和な印象で、いつでもいらしてくださいと言ってくれた。



「父さーん、何でかウチにトロエーの森さら来たよー」



「………あはは」



少年の甲高い声が部屋中に響く。

するとすぐにドタドタと足音が近づいて来た。



「お待ちしていました。森さらささんですね。私は紘太の父の伏見大輝と申します。ウチの紘太が世話になったようで…」



「いえ、そんなお世話なんて…私は何も」



さらさは慌てて首を振った。

まぁ、自傷行為による怪我の手当や食事に風呂に果ては吐瀉物の掃除までさせられた立場としては強ち間違いではないが。


限竜の義理の父親は長身でやや白髪の混じった柔和な男性だった。



「この子は次男の紘希です」



そう言って大輝は自分の足にじゃれるようにまとわりつく先程会った少年、紘希を引き剥がした。



「えへへ、初めまして。伏見紘希です。ずっと推してます!森さら、将来俺と結婚して♡」



「ええっ?」




「わっ、バカ。紘希!お前コンビニにアイス買いに行くんだろう?ほらこれもやるから当分帰って来るなよ」



そう言って大輝は紘希に五千円札を握らせる。



「やりー!マジ?ついでに森さらのワイハ写真集買うぜ」



そう叫ぶとあっという間に飛び出して行った。

鉄砲玉のような子だ。



「すみませんね。騒々しくて。今日は開校記念日とかで子供たちが休みなんですよ。妻は教師をしているのですが、彼女は高校の教師なのでこの時間は不在なんです」



「そうなんですか。あの、さっき表に救急車が見えたんですけど…」



「あぁ、あれですか。あれは紘太の酸素ボンベの交換で来てもらっただけで、別に状態が悪くなったわけではないんで安心してください」



「そうでしたか。それは良かったです」



やがて大輝がコーヒーを持って来てくれた。

良い豆を使っているのか、とても香りが良い。



「いやぁ、森さんから連絡が来た時は驚きましたよ。私のようなオジサンでもトロピカルエースの名前は知ってますからね。朝ドラも見てましたよ」



「あはは。どうも…」



「聞いていいのかわかりませんが、貴女のような方がわざわざ訪ねてくださるという事はもしかして…」



「ええ。多分一方的な私の片思いですが…」



「そうでしたか。いえね、紘太が急に酷く憔悴した姿で帰って来た時にどうしたんだと聞いたんですよ。そうしたら紘太が「好きな人にフラれた」とだけ言って自分の部屋へ上がって行ったんです。最初はただの失恋で痩せたのかと家族で笑っていたんですよ。ところがいつまで経っても紘太が降りてこないものですから心配して、様子を見に行くと中で倒れていたんです」



「そんな…」



フラれたなど、そんな事実はない。

逆にあの時フラれたのは自分の方ではないのか。

さらさは憤りを覚えた。



「あれから私達は慌てて紘太を病院へやりました。診断は心神喪失による意識障害だとか聞きました。見るとあの子の手や耳朶は傷だらけで、掛かりつけの医院から取り寄せたカルテには摂食障害や睡眠障害が書き連ねてあってあらゆる精神病のデパートのようでした。とてもじゃないがあんな状態の息子に仕事なんてさせられない。私は紘太の所属事務所に掛け合ってしばらくの間、休業を取り付けたんです」



「そうだったんですか…彼の側にいながら申し訳ありません」



すると大輝は笑った。



「いえ、我が家の者は貴女のせいだとは思ってません。多分紘太は実の父親の血の事で悩んでいたんでしょう?」



「えっ、どうしてそれを……」




「あの事は今でも後悔しています。言うべきではなかったと。もうあの子は実の息子で家族なんですから。あの子が生まれた時の幸せな気持ちを私は今でも忘れられません。何せ下に二人いますが、私が出産に立ち会ったのはあの子だけですから。でも私のエゴが優しいあの子を傷つけてしまった」



大輝は済まなそうに俯く。



「森さん。息子には何の落ち度もありません。あの子は伏見家の紘太なんです。それ以外の雑音は聞かずにあの子だけ見てやってください」



さらさの瞳から涙が溢れた。




「はい。その通りですね」



「では、どうか紘太の顔を見てやって下さい。ずっと眠ったままですが」




さらさは覚悟を決めた。

二人が出会って2ヶ月目の決意だった。










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