第51話「おかえりなさいを言いたくて」

紘太の部屋は三階フロア全てだと聞かされ、さらさは幅広の階段を上がっていく。



(この家って何なのよ…。相当なお金持ちじゃない)



やがて三階へ着くと、ガラス張りの壁の向こうにもう一つ、ドアを見つけた。

父親の話によると、そこが寝室らしい。



……「もう…ちゃんはすぐ泣くんだから……はい、鼻水拭いて」



…「ゴメン。ルル。でもどうしても……弱虫な……び太が…るの見ると泣けて…」




突然、ドアの向こうから若い男女の声が聞こえてきた。

しかも男の方は涙声で、限竜の声のようだ。

何かいかがわしいものを想像したさらさはそのままノックもせずに部屋に押し入った。



「ちょっと、何してるのか……な?」



部屋に入ると、そこには大きなベッドの上でこちらをポカンと見つめる限竜と見知らぬ女の子がいた。

歳の頃はかなり若い。多分高校生くらいだ。

さらさの顔に嫉妬の感情が湧く。



「え、もしかして森さらさちゃん?」



しかしその女子高生は何やら感動した様子で限竜のベッドから飛び降りると、こちらへ駆け寄って来た。



「きゃー、マジで本物来た!昨日お父さんから聞いた時は信じられなかったけど、マジだったんだ!初めまして、さらさちゃん。私は伏見ルルといって、コタ兄の妹してます。あの、ずっと推してます♡」



そしていきなり手を握られた。

何だかこれは下の弟、紘希とそっくりな展開だ。



「いやぁ、マジでコタ兄と付き合ってたんですね。私応援してますから。それからさっきはコタ兄と一緒に漫画読んでただけです。コタ兄、いつも「ド◯えもん」の6巻読ませると必ず泣くから面白くて♡」



そう言われて限竜の手元を見ると確かに単行本があり、頬は涙でベトベトだ。



「じゃあ、私は下に行ってますね。コタ兄、目覚めたってお父さんに知らせなくちゃ」



そう言うとルルは弟のようにあっという間に姿を消した。

後に残された限竜とさらさはしばらくの間、その場で時が止まったように見つめ合う。



「あの…何で、更紗がウチにいるの?幻?幻覚……うわっ、ぐふぅ!?」



限竜が言い終わらない内にさらさが胸に飛び込んできた。

そして強く抱きしめる。



「すごく良い匂いだな。リアルな幻覚だ…」



「リアルに決まっ…ふぁっ?」



抱きついたさらさの身体にゾクリとした感触が走った。

恐る恐る胸元に視線を下すと、あり得ない事に限竜の手は自分の服の下に潜り込み、下着の上から大胆にも豪快に胸を鷲掴みしていた。



「ちょっ…バカっ!何するの」



さらさは羞恥に顔を赤く染め、その手から逃れようと暴れ出す。



「いや幻覚なら消えちゃうし、どうせなら乳の一つくらい揉んでおこうかなと思って。だって俺の裸は散々見ておきながら、そっちは指一本触らせてもくれなかったのが唯一心残りだったなって思って」



そう言いながらも限竜は楽しそうに柔らかな感触を堪能している。



「ねぇ、これ邪魔。取っていい?」



その手は後ろのホックに回されている事に気付き、さらさは涙目になりながら叫ぶ。




「そっ…それ以上はお金取るから!」




しかしその叫びは何の抑止力にもならなかった。



「え、お金払ったら見ていいの?ちょっと待って財布取ってくる。父さん俺の財布…」



「もうバカー!大嫌い!」



「あぁ、嘘嘘。冗談だよ。ゴメン。何かこの部屋に更紗がいるって意識したら妙に興奮しちゃって…つい暴走した」



「そんな事言いながら、そのクッションで私の胸の感触再現しようとしてんじゃないわよ。変態!」



さらさはそのクッションを掴んで彼に投げつけた。



「ばふっ!?ちょ…俺、二週間くらい寝たきりだったんだから加減して」



「もう…」



乱れた息を二人で整える。

一体何をやっていたのやら。



「いつ目覚めたの?」



「更紗が来た辺りかな。ルルがそこの酸素ボンベに躓いて倒したらしい。ちょっと息苦しくなって、目が覚めたのかも」



ずっと眠って体力が少し体力が戻ったのか、限竜はよく喋る。

実家という安心感もあるのだろうか。

その限竜は探るようにこちらを見ている。



「ねぇ、俺の事怖くないの?」



「…怖いに決まってるでしょ!ズタズタにした傷口の手当てはさせるし、めちゃくちゃなキスしてくるし、その上胸まで揉むし!全部全部怖いに決まってるじゃない」



「いや。そうじゃなくて…あぁ、うん。それはゴメンなさい。もしかしてというか……その…更紗って初めて?」



「…………」



すぐに限竜の顔が真っ青になる。



「うわぁ、ゴメン。本当にゴメン。だって随分慣れてるみたいだったし、俺がアレになってんの揶揄ってたからてっきり…」



「……紘太は初めてじゃないんだ。そうだよね。彼女いたって言ってたし」



「………それは何て言ったら正解なのか返答に困るな。まぁ、ないとは言わない。それなりに一応」



「……やっぱりノーブルな演歌貴公子って言われてても、すぐ誰にでも肌を許す身持ちの緩いケダモノだったのね。あのウブで可愛い反応は演技だったんだ」



「いやいや、待て待て。それは違うよ。更紗さん。誰だってちょっと息抜きで盛り上がっちゃう夜くらいあるでしょ?それにウブで可愛い演技って何?俺がいつそんな演技したよ」



「不潔。絶対後で病院行って」



「は?何で病院?」



「変な病気持ってないか調べてもらいなさいって事!それまで絶対あんたとしないから」



さらさは腕組みして限竜を見下す。



「いやでも病院行ってオールクリアしたらこの水着の下見られるんだ…。じゃあ安い物か…」



そう言って限竜が棚から出した物を見てさらさが目を見開く。




「ちょっとそれ、私の写真集!何このビキニのところの変な爪痕は!」



写真集をひったくったさらさはまた涙目になりながら限竜を睨みつける。



「いや、そのビキニのとこ、シールみたいに剥がしたら脱がせないかなって♡」



「思春期のガキみたいな事言うんじゃないわよ。このド変態が」




        ☆☆☆




「何だか上が騒がしいね。お父さん」



「うん。多分これは様子を見ちゃ不味いヤツだ」



下でどら焼きを食べながら、さらさが戻って来るのを待つ父と娘は揃って顔を見合わせた。



「お父さんそれで前にめっちゃコタ兄に怒られたよね」



キヒヒと気味悪くルルが笑う。



「あれはお父さんが悪かったんだ。初めて紘太が家に女の子を連れて来たんだ。張り切って冷たい飲み物を持って行ったらねぇ…。紘太も成長したんだなとか思ってたら全力で部屋から蹴り飛ばされたよ」



「いやいや、親いる時に盛るコタ兄の方が変なんだよ」



「でも悪かったなぁ。あ、でも一瞬だったから女の子の方は見なかったし、紘太の尻しか見てないよ」



「それ、しっかりエッセイに書いてヒットしちゃってるからねー。あれ、さらさちゃんに読ませたらどうかな?」



そう言ってルルはリビングの書棚を見た。

書棚には「伏見大輝」という作家の本がズラリと並んでいた。


そう、彼の父親はベストセラー作家だった。



「それにしても遅いよね。コタ兄、まさかマジであんな身体で盛ってんじゃないよね?」



「ルル。間違っても様子を見に行ったりするんじゃないよ?私の二の舞になる」



大輝は声を顰める。



「わかってるよ。父さん」














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