第52話「2ヶ月の恋物語の結末」
「……ところでさ、真面目な話、どうしてここがわかったの?マネージャーにも口止めしてたし、俺の実家なんて話した事なかったよね」
限竜はベッドの上に胡座を組み、顔を顰める。
更紗はその横にあった椅子に腰掛け、簡単に乱れた髪と服を整える。
まだ脈が早い。
「円堂さんに教えてもらったんだけど?……て、紘太何て顔してるの!」
「いやいやあり得ないから。何であの人が知ってるの。気持ち悪っ」
「え、でも随分詳しかったよ?ずっとあんたが昏睡状態だって事も話してくれたし」
「……あー、わかった。父さんだ。あの人と積極的に連絡取り合ってるのなんて父さんしかいないよ」
限竜は「クソっ!」と呟きながら枕に倒れ込んだ。
「………眠い」
「あんなに眠ったのに?」
「ん。フワフワして気持ち良くなってきた。更紗も一緒に寝る?」
限竜は横になりながらさらさへ両手を伸ばしてくる。
するとさらさは限竜の左手を掴み、薬指に何かを潜らせた。その冷たい感触に限竜の意識が引き戻される。
「うん?何……これ」
「そういえばお試し期間、終わったのよね」
「あぁ、そういえばそうか。まだそんな事言ってるの?もう俺は降りたって言ったのに」
限竜は極まり悪そうにベッドから再び身を起こす。
「私は終わったつもりはない。だから今、そのお試し期間の結論を言うわ」
さらさはきっぱり限竜へ向けて言い切る。
限竜はそれを真面目に受けた。
「わかった。更紗がどんな決断をしても、俺はそれを必ず受け入れるよ」
「その言葉に嘘はない?」
「勿論」
「言質は取ったわよ?」
「?」
さらさは大きく息を吸う。
「私はあなたとは付き合わない。彼女にはなりたくない」
静かな部屋にその言葉が重く響いた。
「ん。わかった。それでいいと思うよ。賢明な判断だ」
限竜はさらさがこう言う事をもうわかっていたような顔で淋しそうに頷いた。
だが、さらさは言葉を更に重ねた。
「私はあなたと付き合わずに、あなたと結婚したい。彼女ではなくあなたの奥さんになりたいの。大好き。紘太」
「あ…え?え?え?何これ。何だ…ド…ドッキリ?ラスボス戦終わったと思ったらまた始まった的な?何それ怖いっ、ガタガタ…」
「バカっ!本当にバカ!その指に嵌めてあげた物見なさいよ」
「えー。いや。これ、逆プロポリス…いや、逆プロポーズ!?あんたアイドルなんだよ?わかってる?」
限竜はかなり動揺して支離滅裂な事を口走っている。
だが、それは当然の事だろう。
限竜はまだいいが、現役アイドルが事務所の事も応援してくれるファンの事も考えず、自分を選び、結婚を申し込むなど考えられない。
「それに、俺は結婚出来ないって言ったよ?意味わかってなかった?俺は犯罪者の…」
「…そんなのもう何度も言わなくてもわかってる。あのねぇ、私だってあんたとそう変わらない境遇で育ったの。いいえ、あんたより劣悪だったわ」
「…え?」
さらさは限竜の手を取る。
「私ね。私生児だったの。母は家出を繰り返して色々な男の家を渡り歩いていた。私はそんな男たちの誰かの子供だった。わかる?父親が誰かもわからないのよ。私はずっとそれが恥ずかしかった。母を軽蔑してた。そして私は経済力のない母を支える為に小学生で劇団に入り、女優になったの。で、東京へ出た頃、母が再婚してね。またその相手が最低でね。暴力は振るうし何度も私に金の無心をしてきたわ」
「………」
限竜は黙ってそれを聞いている。
「だから恋愛なんて楽しむ暇なんて私の青春にはなかった!そんな余裕なんてなかった。その母の再婚相手は捕まったわ。そして母もそいつと別れた。私が初めて好きになった人はそこから抜け出す勇気をくれた人だった。でも、それは実らなかった。その人にはもう大切な人がいたから。諦めたくなかったけど諦めるしかなかった。だから今度は絶対諦めたくないの」
「……それが真鍋夕陽?」
「え、何で知ってるの?」
「めちゃくちゃ嫉妬したから」
「…マジ?」
「そこで嘘ついてどうするの。イライラしたからついあの日、意地悪しちゃった。ゴメン。大人っぽく振る舞いたかったのに無理だった。そこまでコントロール出来なかった…って何今度は笑い出してんの!」
「あはははっ。何それ。そういえばあんた海と水族館とハンバーグが好きなんだったっけ?」
限竜の顔が真っ赤になる。
「わー、何でそれ知ってんの!何で?どうして?もう眠気も吹っ飛んだよ。恥ずかしい」
布団に突っ伏して悶える限竜の背中を叩きながらさらさは優しい顔をする。
「これからは二人で海も水族館も行こう?ハンバーグもたくさん作ってあげる」
「……降参です」
限竜は耳の付け根まで真っ赤にして頷いた。
こうして2ヶ月の二人のお試し期間は幕を閉じた。
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