第42話「深夜のお悩みホットライン」
「わぁ〜、もうホント信じらんない!何であの場面であんな事言っちゃったのよアタシ!」
「はぁ…ねぇ。それまだ続くの?もう通話切っていい?」
「ちょっと待って!お願いだから切らないで。羞恥に震えるアタシを見捨てないで」
その夜。
さらさとのデートを終えた限竜は、激しい自己嫌悪に陥っていた。
こんな時、彼が頼れるのは数少ない本音で話せる知り合い、野崎詩織だけだった。
詩織は去年みなみと決別した後、単身熊本へ戻り、実家を離れてカフェを営むべく目下勉強中だ。
今は自宅近くのカフェでバイトをしながら、自分の店を持つ為の準備をしている。
そんな詩織と限竜はあれからも何となく気が向いた時だけ連絡を取り合っている。
円堂が芸能関係の仕事から退いた今、もう限竜には彼女を守る義務はなくなったのだが、何故か電話やメッセージを送ると必ず詩織は応えてくれる。
最初は常人には理解し難いめちゃくちゃな子だと思っていたが、案外律儀で真面目な性格だったようだ。
「あのねぇ、時々なら連絡してもいいとは言ったけど、こうも頻繁だと私も迷惑なんだけど。芸能人がそんなに暇していて大丈夫?私も色々忙しいんですけど」
今もコーヒーのドリップについて今日学んだ事を反復しながらノートをとっていた詩織は文句を言いながらも結局は付き合ってくれている。
「そんな冷たい事言わないでよ。話を聞いてくれるだけでいいんだから」
限竜は転がるビールの缶を部屋の隅へ寄せると、空いたスペースにちょこんと体育座りをした。
「わかったわよ。で、そのお試し彼女って女に男がいて、嫉妬心からムラムラしちゃったんでしょ?紘太もやっぱり穢らわしいケダモノの仲間だったって事か」
「ちょっと、それは語弊があるわね!ムラムラなんてしてないわよ。ただ、ムカムカしたというか…腹立たしいなって思っただけで」
「それは何故?どうせ2ヶ月だけのニセコイなんでしょ?そんな事気にする必要ないじゃない」
また限竜のウジウジモードが始まったと詩織は面倒そうにため息を吐いた。
「そうだけど……何かね。話の途中で相手が好きな男の事思い出したようで、すごくいい顔になったのよ。それを見たら悔しいというか、イライラしたというか…こう衝動的に無理矢理にでもこちらを見させたいって気持ちになったのよ。今話してるのは自分だって」
「そういうのが嫉妬っていうんじゃないの?」
「うぐっ…」
はっきり言われると激しく心が抉れる。
限竜は深く首を垂れた。
「紘太さぁ、お試しとか言ってもうその女に落ちてるんじゃないの?だったらさっさと告白でもしてくっつくべきではないの?」
「待って、そのつもりはないの。あたしには誰とも付き合う資格はないから……」
不意に限竜の声が出て小さくなる。
すると詩織がフンと鼻を鳴らす。
「またそれ?それって全然わからないんだけど。じゃあ何でマチアプなんて登録したの?紘太、結婚したいんじゃないの?付き合いたいんじゃないの?」
「…………」
限竜からの返事はない。
「まだ「あの事」気にしてるの?本当に紘太はそういうトコ、脆くて弱いよね。知ってるわよ。夜もほとんど眠れてないんでしょ。お酒と安定剤を大量に飲んで気絶するように眠っているようじゃいつか潰れちゃう。紘太には側で支えてくれるパートナーが必要なの。だから相手にその弱さを一度曝け出しなさい」
「…無理よ。そんなの出来ない。あの子にこの重荷を担がせるなんて無理」
詩織は再び深いため息を吐いた。
「あのね、紘太。私はもう全て終わったと思ってるの。確かにあれで私の人生は傷ついたし歪んだ。けどそれは過去のもの。それに紘太は何も悪くないし、私にとって無関係ともいえる。もし今あんたが恐れてるマスコミがこの事実を突き止めでもしたら、私が表に出て言ってあげるから。あんたは何も悪くないって」
「詩織……」
その言葉に温かい雫が頬から滑り落ちる。
「紘太、もしかしてまた泣いてるの?本当に弱いね。情けない」
「なっ…泣いてなんかないわよ。そんな事で…」
ゴシゴシと乱暴に頬を拭う気配を感じ、詩織は笑う。
「まだそのお試し期間ってのは始まったばかりなんでしょ?頑張って男見せなさいよ。いつまでも私に合わせてその口調でいるつもり?そろそろマジでキモいから。じゃあ本当に切るわ。明日から本格的に紅茶とコーヒーの実習が始まるんだから私も大変なの」
「あっ、ありがとう。頑張ってね。あの…また電話してもいいわよね?」
詩織はフッと笑った。
「それは構わないけど。でも電話するならその女とどうぞ。誰と付き合ってるつもり?私は無理だからね。紘太みたいな弱くてメソメソしたクソ野郎」
「……それは善処するわ」
そこで通話は切れた。
本当に忙しい中、ここまで付き合ってくれた事はありがたかった。
スマホを放り出し、限竜は天井を仰ぐ。
「父さん……罪を犯した者の家族って、幸せになれるの?」
声に出すだけで指先は冷たくなり、再び震えが走る。
効かない安定剤を掴み、強い酒でそれを流し込んだ。
「ダメだな…このまま消えてなくなりたい…」
瞼にはさらさの顔が一瞬浮かんで消えた。
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