第31話「三輪聡の場合*spin-off*」

「よっ、三輪っち。元気してるか」



「おー、笹島かぁ。わざわざ来てくれるなんて久しぶりだね」



訪ねて来たのはニット帽からアフロを溢れさせて微笑む笹島だった。

笹島とは同期入社で年齢も同じ事から、入社

以来ずっと友達付き合いをしている。


彼の他にも夕陽と佐久間も同期で、気も合う事からプライベートでも仲が良い。



「どうしたんだよ。彼女さん出来たんだろ?こんないい天気の休みなのに、ボクのとこなんか来ていいのかい?」



玄関に上がると同時に笹島からビールやつまみが入った袋を受け取る。

笹島は最近、人生初の恋人が出来た。


それはとても喜ばしい事で、仲間内で祝ったりもした。


しかし笹島は人の良い笑みを浮かべて靴を脱いだ。



「あぁ、それは大丈夫。向こうは今仕事を物凄く頑張ってるんだ。その頑張りはさ、勿論俺も幸せにしてくれるけど、同時に他の皆も幸せにしてくれる事だから」



「へ…へぇ、何だかわからないけどスゴいお仕事してる人なんだね」



三輪はテレビの特撮ヒーローのような女の子を想像して苦笑いを浮かべた。

今までずっと彼女が出来ない事に劣等感を持っていた笹島に恋人が出来た事は三輪にとっても嬉しい。


行き過ぎたアイドルオタクな面はどうかと思うが、本当にいい奴だと思っているので、早く彼の良さに気づく子が現れたらと願っていた。



「まぁね〜。毎日連絡してるしそっちは大丈夫だけどさ、問題はお前だよ三輪」



「ボク?えー、何でかな。心当たりないんだけど」



ビシっと指を突きつけられて、三輪は困惑する。



「いやいやいや、あるだろ。お前、地下鉄で財布とスマホ盗られたんだって?」



そう言われてようやく三輪は大きく頷く。



「あぁ、そうだった。うん。そうなんだよ。でも財布も大した額は入ってなかったし、あの日は笹島たちと飲みに行くからクレカと免許は家に置いてたし、スマホも紛失手続き終わってるから」



「まぁまぁ。そんな気落ちしてるだろう三輪っちの為に色々買ってきたんだ。楽しくやろうぜ?」



そう言って笹島は勝手に酒や菓子類をテーブルに並べ出す。



「サンキューな。笹島。お前さんは本当にいい奴だな。オタクだけど」



「だろだろ?何か語尾に引っ掛かりを感じるが、まぁいいか」



三輪は嬉しそうな顔で他にツマミになるものを冷蔵庫から探しだす。

ふと、冷凍庫のストックも見てみようと扉を開けると、あの日ミクに出したピザの生地が目に入った。


確か彼女はそれを美味しいと言っていた。

あの笑顔がまた蘇ってきた。



「あー、そうだ。笹島。ちょっと聞きたいことがあったんだけど」



「何?」



サラミを口にしながら、笹島はこちらを振り返る。



「別に大した事じゃないんだけどさ。夕陽の妹さんってどんな子?笹島、会った事あるんだよね」



あの元気な女の子、ミクは真鍋夕陽の妹だった。

何という偶然だろう。

三輪が知っているのは夕陽に妹がいて、今は岡山の大学へ進学している為、家を離れているという事だけだ。


今まで友人の妹という事もあり、さして興味を抱かずにいたが、どんな子なのか今更ながら気になってきた。


すると笹島は少し考え込むような顔をしたが、すぐにパッと顔を上げた。



「夕陽の妹?あぁ、美空ちゃんね。美空ちゃんはいい子だよ。礼儀正しいしクールだし。俺の事は兄を悪の道に導くヲタク勧誘員だと見ているのか、中々辛辣だけどね」



「なんだそれ」



三輪は笑いながら、オードブルをテーブルに並べた。



「おおっ、シャレオツじゃん♡」



「出来合いの寄せ集めだよ。夕陽みたくは出来ないからね」



夕陽は料理が上手い。

それよりも家事全般が得意なのだろう。

性格的なものもあるが、あそこまできっちりは三輪にも出来ない。



「まぁ、マジでいい子だよ。時々さぁ彼氏が出来ないって悩みを相談されたし、俺も彼女が出来ないって相談したっけ…」



「お前に相談するなんて不毛だね。それにお前も年下の子にそんな相談するなよ」



「うぐっ…ま。まぁ今は俺にも彼女出来たしさ。美空ちゃんはどうなんだろうな。可愛いからきっかけさえあれば彼氏なんてすぐ出来ると思うんだ。兄貴の方は結構取っ替え引っ替えやってんのに、そういうとこは似てないのな」



そう言って笹島はビールを煽った。



「おいおい…」



そう言って三輪は肩をすくめた。


恋をする事が怖くなって、ずっとここまでやって来た。

別にずっとこのままでも構わないし、だからといってずっと一人きりでいたいというわけでもない。


そんな三輪の心は今、微かに変化しようとしていた。















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