第18話「別腹彼女」
「あのさぁ、笹島に彼女出来たっぽいんだけど、二人とも何か知らない?」
仕事帰りの電車内。
つり革に掴まりながら三輪がポツリと尋ねた爆弾発言に夕陽は言葉を失った。
「え、マジ?うっそ。じゃあ地球明日で滅ぶの?」
佐久間がまるでこの世の終わりのような顔をする。
唯一事情を知っている夕陽としても、どう言っていいのかわからない。
それに笹島の恋人は勝手に話していいような相手ではない。
「いや、本人からは何も聞いてないからさ。聞いてもあいつ、妙にはぐらかすし」
三輪はつまらなそうにため息を吐く。
やはり笹島は二人の仲を隠しておきたいようだ。
夕陽はついうっかり漏らさなくて良かったと内心ホッとした。
「気のせいじゃないのか?あいつにそんな相手出来るわけないし」
そうと分かると夕陽は徹底的にとぼける事にした。
すると佐久間も夕陽の意見に乗ってくる。
「だよなぁ。あいつ女子と話すだけで緊張で手汗酷くなって涙ぐむし」
三人は同時に笑った。
「はははっ。確かに。でもさぁ、あいつ最近変じゃね?付き合いも悪くなったし。今日も一応飲みに誘ったのにすぐ帰るって言うし、やたらスマホチェックしてるし…絶対彼女いるって思ったんだけどなぁ」
「それだけで彼女がいるって判断するのもどうかと思うが?」
夕陽もそれは感じていた。
笹島が乙女乃怜とどういう付き合い方をしているのかはわからないが、最近の笹島はすぐに会社を出て行ってしまうし、遊びの誘いにも乗って来なくなった。
余程初めての彼女にのめり込んでいるのだろう。
それは少し羨ましい気もした。
自分もアイドルである永瀬みなみと付き合ってはいるが、そこまでベタベタした付き合い方ではない。
付き合いたての時もそうだったが、普通のカップルと比べてドライな方ではないだろうか。
別に今更みなみとそんな付き合いがしたいという事はないが、少しだけ羨ましさを感じた。
「まぁ、そうだよね。もしあいつに彼女が出来たらきっと真っ先に俺らに報告するだろうし」
「だよな。すごいマウント張るだろうな」
「………」
夕陽は内心冷や汗を浮かべていた。
☆☆☆
三輪たちと分かれてマンションへ向かう途中、コンビニの袋を下げた笹島の背中が見えた。
「おい、笹島ー」
つい思わず声をかけると笹島はこちらを振り返り、嬉しそうに駆け寄って来た。
「夕陽っ。今帰りか?」
「あ…あぁ。それよりお前は……」
一瞬彼女といるのかと笹島の周囲に視線をやるが、そのような気配はない。
笹島はニカッと笑った。
「俺はコレ♡」
笹島はもう片方の袋から団扇とデコレーションシール等を出して見せた。
「何だよそれは」
「もうじきミルルのライブだから気合い入れて準備してんだ♡」
「み…るる?」
困惑する夕陽に、笹島はスマホを取り出してロック画面をこちらに見せて来た。
そこには猫耳を付けたアイドルの女の子がポーズを取っていた。
「可愛いだろ。ネコにゃん星から来たアイドルなんだぜ」
「やめろ…」
夕陽は頭を抱えたくなった。
「お前もしかして最近付き合い悪かったのって…」
「あー、悪い。ミルルのライブ準備で忙しかったんだよね。何せ初ライブだからさ」
「………マジか」
笹島は気合いを入れて頷く。
「お前さぁ、あんなこれ以上ないくらい推してる彼女がいるだろうが」
「え?勿論彼女は一生推してくよ?でもこれは別腹じゃん。でもそれは純粋に可愛いから推してるのであって…」
その時、夕陽は笹島の背後に不穏な影が差すのを見た。
「お…おい、笹島。もうその辺にしとけって」
何とか大事にしないよう、夕陽は彼にソフトに知らせようとするが、調子づいた笹島の弁舌は止まらない。
「やっぱさぁ、推しごととは別なわけよ。アイドルの追っかけはオアシスみたいな?」
「お…おい。俺は知らないぞ」
夕陽はゆっくりと笹島から距離を取り、そのまま笹島を追い越して歩き出した。
その際、派手なコートを着たスタイルの良い女性とすれ違った。
「おいっ、夕陽。まだ話は終わって……って、莉奈さん?どうしてここに…ぎゃぁぁっ!」
その後、後方で笹島の阿鼻叫喚が響き渡ったが、夕陽はそれに耳を塞ぎ帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます