第48話 山神3

 高見澤はイカ天の巫女、柿の種の巫女、蛸酢の巫女、焼き菓子の巫女、白玉フルーツの巫女とともに、草(くさ)叢(むら)に身を潜めていた。

 一番長射程のバルカン砲を持つ柿の種の巫女は、既に引き金に指を掛けていた。

 イカ天の巫女は敵に近づいて火炎放射を浴びせるべく、いつでも駆けだせる態勢。

 蛸酢の巫女と焼き菓子の巫女は、高見澤とともに敵との接近戦の構えだ。

 フォークとスプーンを持った白玉フルーツの巫女だけが、いつものように戦闘には場違いな雰囲気を醸(かも)し出していた。

「来たっ!」

 予想に反して森の中から現れ出(い)でたのは、銀色の毛並みの狼の群れだった––––––とうの昔に絶滅したはずの山の神の遣(つか)い、動物界の食物連鎖の頂点に立つ狩猟者ニホンオオカミは生きていた。

 銀色の狼の群れは囮(おとり)の生贄(いけにえ)の楓に向かってくる。

「危ない!」

 十(と)拳(つかの)剣(つるぎ)を持っていても、俊敏で獰猛な狼を多数相手にするのは難しい。下手をすれば囮ではなくて、本当の生贄になってしまいかねない。

 高見澤は楓を助けに走ろうとした。


 ドルルルッ


 高見澤が飛び出す前に柿の種の巫女のバルカン砲が火を噴いた。驟雨(しゅうう)のように降り注いだ柿の種弾を喰らって、狼の先頭集団が肉の破片になって飛び散った。


 ドルルルッ

 ドルルルッ


 柿の種の巫女はバルカン砲を小刻みに掃射しながら走り出した。柿の種の巫女を先頭に、高見澤と蛸酢の巫女、焼き菓子の巫女も狼の群れに向かって走った。

 イカ天の巫女と白玉フルーツの巫女は、杭に縛りつけられている生贄の楓のほうに走った。イカ天の巫女は、火炎放射器を地面に向けて噴射しながら、楓の周囲をぐるりと一回転した––––––楓の周囲の草を燃え上がらせ、炎の壁をつくって狼から楓を守った。

「優しい!どうもありがとう」

 生贄の楓は、意外な配慮を見せた荒ぶるイカ天の巫女に礼を言った。

 高見澤は、蛸酢の巫女と焼き菓子の巫女とともに、狼の群れの中に切り込んだ。


 ビィビューッ


 古代の猛将の如く、高見澤は長大な青龍偃月刀をぶん回して、一振りで複数の狼を纏(まと)めて薙ぎ倒した。


 スパスパスパー


 猟奇的な殺戮者、蛸酢の巫女は二刀の出刃包丁で狼を微塵切りに切り刻んだ。


 ペタペタペター


 焼き菓子の巫女は、焼きごてで死の烙印を押しながら、身軽なステップで狼の群れの中を走り回った。焼き付けられた死の烙印は発火して狼の体を燃え上がらせた。


 ドルルルッ ドルルルッ

 ブワーッ ブワーッ


 柿の種の巫女のバルカン砲の射撃音と、イカ天の巫女の火炎放射器の噴射音があたりに響く。

 楓の周囲で激しい戦闘が繰り広げられた。

 囮の生贄楓は、まだ自分の出番ではないと思って、幼女巫女達と高見澤の戦い振りを大人しく見守っていた。

 一人だけ戦闘に参加できていない白玉フルーツの巫女が、大きな白い石を楓の周囲の炎の中に置いて焼き始めた。藁や枯草をくべて燃やしている。何を意図しているのかわからなかったが、戦闘の最中かなり的外れな行動をしているように思われた。

 幼女巫女軍団は流石に強く、せっかく生存が確認された絶滅危惧種のニホンオオカミをまた絶滅させてしまいそうだった。

 狼の群れはそのほとんどが殺されて、残った数匹は尻尾を巻いて森の中へ逃げていった。あたりは狼の死骸だらけだった。

 確かにこれだけの数の狼が棲息していたなら、人間の娘が喰われていなくなったのだとしても全然不思議ではなかった。事件の犯人が狼であった可能性はかなり高かった。

 しかし、さっきのあの咆哮はなんだったのか––––––

 誰もが疑問に思っていたところに、狼の群れに代わって、今度は本物の怪物が現れた。

 森の中からのしのしと出てきたのは、オオサンショウウオを巨大化したような化け物だった。一抱えもある巨大で扁平な頭部が目立つ。

 本物のサンショウウオは両生類で皮膚は粘膜で覆われているが、この怪物には蛇のような銀色の鱗(うろこ)があった。眼は爬虫類のワニの眼のように黄色く縦に割れていて凶暴そうな光を放っている。四本足で体を左右に揺さぶりながら近付いてくる姿は怪獣さながらだった。

 伝説の八(や)岐(またの)大蛇(おろち)とは実はこの怪物のことだと言われれば、誰もが信じるであろうおどろおどろしい姿だった。


 ドルルルッ

 キンキンキンキンキン


 柿の種の巫女のバルカン砲の掃射は、金属のように堅固な鱗に弾き返されて効果がなかった。


 ブワーッ


 イカ天の巫女が最大出力で火炎放射したが、怪物は炎にも動じなかった。

 高見澤が勇敢にも怪物に近づいて、青龍偃月刀で巨大な頭に斬りつけたが、キーンという音とともに、刃が折れて飛んだ。

 蛸酢の巫女と焼き菓子の巫女は顔を見合わせたが、成す術がなかった。

 手がないのか––––––

 怪物はもう楓の眼の前まで迫ってきた。

 このままでは楓は、神話の中の姫のように、八(や)岐(またの)大蛇(おろち)の生贄になってしまいそうだった。

 その時、怪物の前に大きな白くて丸いものがいくつも転がった––––––白玉フルーツの巫女がつくった巨大白玉だった。

 怪物は櫛のような歯の生えた口を顎(あご)の付け根までがばっと開き、白玉の一つを噛まずに丸呑みした。白玉フルーツの巫女の白玉は、呑み込むと十倍に膨れ上がり、喉を詰まらせるようにできている。しかし、この怪物は頭部が巨大な分、喉も太いらしく、白玉は呑み込まれて腹を膨らませただけだった。

 怪物の腹はいくらでも大きな相手を呑み込めるようにできているようで、白玉をパクパク喰って腹はどんどん膨らんでいった。

 切り札の白玉も効かないのか、と皆が思った時、急に怪物が苦しんでのたうち始めた––––––白玉の巫女が火に入れて焼いてあった白い石を白玉だと思って呑み込んだのだ。怪物は熱した石で腹の中を焼かれてもがいた。

 白玉フルーツの巫女の石焼作戦は功を奏した。

「今です!」

 白玉フルーツの巫女は楓の縛(いまし)めを解いて、楓の背中をドンと押した。

 楓は不知光の巫女から借りてきた十(と)拳(つかの)剣(つるぎ)を振りかざして、のたうっている怪物に走り寄った。

 霊剣が青く眩(まばゆ)く輝いた。

「怪奇事件捜査課の最低賃金バイト、水神楓見参!」

 楓は青い神秘的な光を放っている十拳剣を醜い怪物の首根っこに打ち下ろした。


 グワッ


 怪物の首がズバッと断ち切られて、巨大な頭がドーンと地面に落ちた––––––剣の長さ以上に切れた感じだった。頭部を失った体はしばらくのたうっていたが、やがて力を失ってどうっと倒れて動かなくなった。

 何という切れ味––––––

 スサノヲ命が八岐大蛇を倒すのに使ったという剣と同じものかどうかわからなかったが、十拳剣はとにかくよく切れて、柿の種弾さえ貫通できなかった固い鱗の鎧を紙のように切り裂いた。

「やった!」

 楓は十拳剣を高々と掲げた。

 みんなが楓の回りに集まってきた。

「やるねえ!」

「流石だ!」

「ええかっこしてまんなあ!」

「素敵!英雄!」

「お見事なお手前でござりまする!」

「それ借りてきておいてよかったな!」

 幼女巫女達も高見澤も口々に楓の功を讃えた。

 しかし––––––


 ギャアアアアアーングウァングォーン


 その時、またあの凄まじい咆哮が山のほうから聞こえてきた。

 皆が気になっていた咆哮を発していたものは、楓が倒した八岐大蛇だと思われた怪物ではなかったのだ。

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