第42話 寝夢1

 宿(すく)鼠(ね)のリリルルとルルロロは、靴とズボンの裾を濡らして、薄暗い地下の排水路を歩いていた。水栗鼠の宿(すく)鼠(ね)は体や衣服が水に濡れるのは平気だ。ぐしょぐしょになった服も靴も、体で水分を吸収してすぐに乾かしてしまう。

 ところどころに赤いランプがついているだけの排水路は、人間だと懐中電灯が必要だが、宿鼠は暗闇でも眼が見えるので、どんどん歩いて行く。

「あれは何かしら」

 隠れ家へ帰る途中、リリルルは浅い水流の中を動いている小さな生き物を見つけた。

 栗鼠や鼠よりも小さい。上体が立っているので二本足で歩いているようだ。小さい体で流れに逆らって遡(さかのぼ)ろうとしている。

「何だろう」

 ルルロロは水をパシャパシャ撥(は)ね飛ばしながら走って、小さな生き物を追いかけた。

 リリルルもパシャパシャ音をさせてついていった。

 追い駆けられて驚いた生き物は、四つ足になって走り始めた。

 パシャパシャパシャ

 四つ足で走るとかなり早い。

「おーい待ってくれ。大丈夫、何もしないから」

 ルルロロは叫びながら大股で跳ねるようにして走った。

 大きな声を出したので、排水路の中にルルロロの声が反響した。

 小さな生き物は、なぜか走るのをやめて立ち止まった––––––まるでルルロロの言うことを理解したようだった。

 ルルロロは追いついて、その小さな生き物の上にかがみこんで両手で捕まえた。

「よしよしいい子だ」

 人型で頭部が大きくて体は小さい。丸い耳が頭の上に出ていて頭髪のように見える紋様がある。ハート形の尻尾があって体は柔らかくすべすべしていた。

 すべすべの生き物は、ルルロロの掌の上で大人しくしていた。短い足を伸ばし、手を両側について、小さな子供がちょこんと座っているように見える。

 ルルロロには見覚えのない生き物だった。

 リリルルも駆け寄ってきた。

「これは何だろう」

 ルルロロは片手でリリルルの顔の前に持ち上げて見せた。

 顔は可愛い女の子で、笑っているように見える。

「ちょっと花の精のオハリコと似ているけれど––––––」

 リリルルも見たことがなかった。

「オハリコは体が丸くて、頭に木の葉がついているわね」

「この子は体は人型だけれど尻尾がある」

「丸い耳も頭の上にあるわね」

「動物の幼体かな」

「でもこんな動物はいないわね」

「オハリコじゃないけど、妖精の一種みたいだな」

 ルルロロがそう言うと、小さな生き物はこくっとうなずいた。

「生まれたばかりです」

 可愛い声で急に喋った。

「まあ、あなた話せるのね!」

 リリルルが丸い眼を更に丸く見開いた。

「君は一体何なんだ?」

 ルルロロがきいた。

「ネムです」

「ネム?」

「ネムって何かの妖精なの?」

「夢の精霊です」

 リリルルとルルロロは顔を見合わせた。

「ネムって寝る夢の寝夢(ネム)のことかな?」

「そうです」

「夢の精霊なら亜空間霊界の精霊だよね。人間界にいるのはおかしいなあ」

 ルルロロは首を傾げた。

「人間界に生まれました」

「亜空間霊界の夢の精霊が人間界に現れるのは異常発生だわね」

 リリルルも訝(いぶか)しんだ。

「お腹が空きました。生まれてからまだ何も食べていません」

 夢の精は食べ物をねだった。心なしか声が弱々しい。

「まあ、可哀そうに」

「夢の精だから夢を食べるんだよね」

「夢よりも果物が食べたいなあ」

「私達の隠れ家に行けば果物も木の実もあるわよ」

「食べ物をあげるのはいいけれど、夢の精霊が人間界にいていいのかな」

「ロルルルなら何か知っているかも知れないわ」

 リリルルとルルロロは、寝夢をまず自分達の隠れ家に連れて帰って、ロルルルと相談することにした。

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