第23話 泥人形4
ヒュッヒュッヒュッヒュッ
楓はヌンチャクに似た武器を振り回していた。
三つの棍が鎖で連結していて、左右の棍を二刀のように使うこともできれば、端を持って長い棒のように使うこともできる。真ん中の棍を軸にして首の後ろをくるりと回転させ、手を持ち替えて振り回すこともできる。二つの棍を一緒に握って三つ目の棍を振るとヌンチャクのようにもなる。
アチャー
いつのまに身につけたのか楓は器用に武器を扱い、ヌンチャクスタイルでピタッとポーズを決めた。叫び声は高見澤の怪鳥音を真似してみた。
「楓、それ三節棍じゃないか」
「そういう名前なんですか」
「少林寺の武器だ」
「へえーっ」
「どこで手に入れたんだ?」
「百均です」
「またか」
「私は、スーパーかコンビニか百均以外では買い物しません」
「どおりで偽物っぽいと思った。本物のはもっと棒の部分が長いし、木でできている」
––––––サイズだけでなく、楓の三節棍はプラスチック製だった。
「百均ですから」
「百均が大好きみたいだな」
「私の天国です」
「大袈裟じゃないか」
「買い物が生き甲斐なんです」
「無駄遣いはよくない」
「だって私買い物依存症なんです」
「買い物の何が楽しいんだ」
「物が欲しいというよりは、買い物自体が楽しいんです。私の場合は超下層のプチ買い物依存症ですけど––––––ちょっとしたものをちょこちょこ買うのが好きなんです」
「買い物依存症にも階層があるのか」
「もちろんです。洋服やバッグをたくさん買えるようにならないと一人前とは言えません。上級はプレタポルテ、更にその上はオートクチュール、最上級になるとダイヤモンドや宝飾品を買いまくります。百均は最下層ですが、買い物の喜び自体はそう変わらないと思います。だってどんな高価なものでも買ってしまうと、買い物の楽しみはそれでおしまいですから。だから百均は私にとって天国なんです」
「なるほど。しかし、その三節棍は何に使うつもりだ」
「これ三つに折り畳めるので、折り畳み傘みたいにバッグに入れられて便利なんです。不知光(しらぬい)の巫女にもらった降魔の杭は人獣や妖怪を殺すための武器ですが、殺す必要のない相手にはこれかなと」
「洋服やバッグよりはいい買い物かも知れない」
「マサさん、昨晩マサさんが泥人形をやっつけたのにまたこれです」
楓は三節棍を机に置いて新聞記事を見せた。
「泥人形は一匹じゃなかったんだな。また今夜も見回りかな」
「きょう午後には泥のサンプルの鑑識結果が出てきます」
「お、気が利いているな」
「泥の出所がわかれば、泥人形を作っている犯人の居場所をトレースできます」
「俺刑事なのになんでそういうところに頭が回らないのかな」
高見澤は頭を掻いた。
「映画と漫画にうつつを抜かして人生を生きてきたからです。昨日だってヌンチャクと秘孔突きに夢中になってました。まあ夢中になれるものがあるのは、いいことかも知れませんが」
「毎晩やりたくなる––––––楓の買い物依存症みたいなもんだ」
「マサさん、買い物依存症は破産することはあっても命までは失いません」
「拳士は戦うためにある」
「毎回あれで勝てるとは限りません。泥人形がたくさんいるとすれば、複数相手の戦いも想定しなければなりません」
「一匹相手にするのが限界だな」
「泥人形はどこかで量産されている可能性がありますから、大元を断つ作戦でいきましょう」
「やっぱりあれは泥をこねた作り物なのだな」
「マサさんが倒したらただの泥の山に変わりましたから」
「ロボットとは違うしな」
「泥人形を作って魂を入れている人形師が背後にいるはずです」
「人形師か––––––どんな奴だろう。妖怪か妖気だろうか」
「泥人形に魂を入れられるのですから、その類(たぐい)に違いありません」
「何を目的にしているのかな」
「わかりません。人形師を捕まえて尋問してください」
「よし。じゃあそうするか」
高見澤は楓の作戦にのった。
その午後、鑑識の結果がきて場所の目安がついた。
「マサさん、この地域は最近別な事件がありましたね」
「そうだっけかな」
「他の事件と関連付けて見てみると、何かが浮かび上がってくるかも知れません」
––––––奇しくも泥の出所とある別な事件の発生個所が一致した。
一家に起こった謎の連続失踪事件。
最初に両親が失踪し、残された長男と次女が警察に届けたが、警察の調べが入ったあと次女が消え失せ、最後に残った長男は警察に保護されていた。
その長男も、実質軟禁されていたホテルから忽然と姿を消して、一家は全て消滅した。
警察が保護していた長男まで消えてしまい、通常の捜査では手に負えないので、捜査第一課から、怪奇事件捜査課の高見澤のところに回ってきた事件だ。
外見的には人獣や妖気が関与している形跡はなかったので、断ってもよかったのだが、高見澤が断るとそれで迷宮入りになる。人の消え方に気になるところがあったので、高見澤は手が空いたら自ら調査しようと思っていて、忘れていた事件だった。
ところが楓は事件の内容をしっかり把握していて頭に入っていたので、すぐに泥人形の事件と結びついたのだ。
楓の能力は明らかにただのバイトのレベルではなかった。しかし、高見澤は相変わらず、楓を最低賃金でバイトとして使っていた––––––楓は何の資格も持っていないのだ。
高見澤は、その日の夕刻、早速その事件が起こった家を調べにいった。
立ち入り禁止になっている家は裕福な家庭の大きな邸宅だったが、なぜか隣に墓地があった。近所の住人にきいた話では、その家は跡継ぎがいなくなって廃業した寺の跡地に建てられたものだという––––––寺を取り壊して新築したのだが、墓まで壊すわけにはいかず、そのままになっていたのだ。
家の中は板の間のフロアーに靴のままで入る西洋風の造りで、一階は広々した空間とオープンキッチンがついたダイニングルームがあった。どうやらここで客を招いてパーティーをしていたらしい。
天井が高くてシャンデリアがあり、一見煙突につながっているような暖炉がある。広い壁には中世騎士団を描いた大きなタペストリーが掛かっている。
豪勢だな––––––
一階には特に何も見当たらなかったので、高見澤は重厚な木製の階段を二階に上がった。ベッドルームが四つ、居心地の良さそうな書斎と主寝室並みに広いウォークインクロゼット、バブルバスの浴室––––––荒らされた形跡もなく整然としていた。
何も手掛かりがなさそうだと思いながら、廊下の窓から外を見ると、墓地が見下ろせた。こちらは純和風の墓地で、何段重ねにもなった苔むした墓石が歴史を感じさせた。
あ
その時高見澤は廊下に落ちている泥に気づいた。
しゃがんで指で触ってみると、例の泥人形の泥と同じだった。
これはどこから来たのだろう––––––
一階から泥靴で入った感じではなく、二階に唐突に泥が落ちていた。
ふと天井を見上げると、廊下の天井が二重になっている部分があった。
二階建てに見えたが三階があるのかな––––––
高見澤は壁に丸いボタンがあるのを見つけて押してみた。
ウィーン
サーボモーターの回転音がして、天井が開き、階段が降りてきた。
屋根裏部屋に上がる階段––––––屋根裏収納の梯子ではなく、しっかりした階段だった。
お
その階段にまた泥が落ちていた。
高見澤はホルスターから銃を抜いて、足音をさせないように階段を上がっていった。
小さな明かり窓のある屋根裏部屋には泥人形が何体も横たえられていた。周囲に泥を詰めたビニール製の袋が積まれており、どうやら泥人形はここで作られているようだった。
高見澤は恐る恐る泥人形に近づいてみたが、まだ魂が入っていないのか、目は閉じられていて、生きているようには見えなかった。
その時突然高見澤の背後で声がした。
「ここに勝手に入ってもらっては困る」
高見澤が振り向くとそこには人形師が立っていた。
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