第24話 泥人形5

 その夜、高見澤は帰ってこなかった。

 何の連絡もなく、時計は夜の十時を回った。

 凄く遅くなる時は連絡してくるのに––––––

 楓はなしのつぶてなのは何かおかしいと思った。

 普通楓は高見澤の仕事の邪魔をしないように、高見澤から前もって頼まれた時以外は、自分から連絡することはしない。

 プロフェッショナルで、あの泥人形さえも倒したタフな高見澤は、滅多なことで不覚を取ることはない。

 しかし、その夜はなぜか胸騒ぎがした。

 何か起きたかも知れない––––––

 楓の霊感は大概当たる。

 楓は思い切って、高見澤の携帯に電話してみた。

 と、音声が跳ね返ってきた。

「この電話はただ今使われておりません。電話番号をご確認の上おかけ直しください」

 おかしいな––––––

 登録された住所録の電話番号だから、間違えるはずはない。

 もう一度念のためやってみたが、結果は同じだった。

 やっぱり何か変だ––––––

 楓は意を決して席を立った。

 高見澤の机の引き出しにある鍵で、武器の入っているサイドボードを開けた。

 短胴二連装のショットガンを取り出して、太い薬莢に入った散弾のパックと一緒にトートバッグに入れた。小型の火炎放射器––––––妖獣租界の戦いで妖気殺しに有効だった。それと三節棍。

 切り札の降魔の杭はいつも懐に忍ばせてある。

 あとは––––––念のため懐中電灯。

 下げてみるとトートバッグはずっしりと重かった。

 楓はバッグを胸に抱え、エレベーターで地階の車庫まで降りた。パトカーを借りられれば良かったのだが、楓は運転免許を持っていない––––––パトカーの無免許運転だとちょっとひど過ぎる。あとで高見澤が取り繕うのも大変だろう。楓は白バイにも凄く乗ってみたかった。ちょっとハンドルを握ってみたりしたが、ぐっとこらえて我慢した。結局、警官の巡回用の自転車で後ろに籠が付いているのを一台拝借した。

 籠にトートバッグを入れて、傾斜路を自転車を押して上って外に出た。

 行先はわかっていた。そう遠くはない。夜間人とぶつからないように、車道を走った。

 大通りをしばらく走り、曲がりくねった坂道に入って急傾斜を息を切らせて登った––––––金持ちの家は高台にあるものだ。

 都心には珍しい大区画の敷地に洋館風の屋敷が続く。暗い一角の向こうが、例の事件が起こった館だった。暗い部分はよく見ると墓地だった。

 なぜこんなところに墓地が––––––

 楓は怪訝(けげん)に思いながら、目的地の館の前で自転車を降りた。

 広い庭の玄関先に車が止まっていた。覆面捜査の時に高見澤が使っているセダン––––––まだ高見澤はここにいるのだ。

 立ち入り禁止の立て札があり、館の周囲には杭が打たれ、黄色いテープが張られていた。

 楓はトートバッグを肩に掛け、囲いのテープを手で押さえて、上を跨(また)いで立ち入り禁止区域に入った。

 館の電気は消えていて真っ暗だった。

 隣は墓場だし気味が悪い。明らかに霊気漂う不吉な場所だ。霊感が鋭い楓は嫌がおうにも感じてしまう。

 マサさん、こんなところで何をしているのだろう––––––

 楓は大きな木の扉を押した。

 鍵は開いていて、ぎーっという音とともに重い扉が開いた。

 その瞬間、妖気の香りがぷーんと漂ってきた。

 これは妖気妖怪の棲(す)み処(か)だ––––––

 真っ暗な中で楓は懐中電灯を点灯した。

 橙色の光は意外と弱くて遠くまで照らせなかった。

 足元の床を照らしたり、上を向いて天井を照らしたりしながら、広い部屋をそろりそろりと探りながら歩いた。

 電気のスイッチはどこだろう––––––

 楓は部屋の隅の方を探した。

 と、床の片隅に腰を下ろしてうずくまっている男がいた。見たことがある気がして、顔を照らすとなんと高見澤だった。

「マサさん!どうしたんですか?」

 楓が呼び掛けたが、うずくまっている高見澤は返事をしなかった。

 おかしい––––––

 楓は歩み寄った。

 しかし、高見澤は身動きもしない。

「マサさん」

 楓は高見澤のそばにしゃがんだ。

 高見澤の眼は瞬(まばた)きもせず床の一点を凝視している。楓が来たことにも気づいていないようだった。

 マネキンみたい––––––

 楓の眼が、動かない高見澤の眼を見詰めて、暗い部屋の中で青くキラキラと煌めいた。

 高見澤は空っぽだった––––––体から魂が抜けてしまったようで、正に抜け殻状態になっていた。

 その時ギシッギシッと階段が軋(きし)む音がした。二階から誰か降りてくる。

 楓は懐中電灯を消して降魔の杭を握り、高見澤の体のそばにうずくまって息を殺した。

 大きな影がいくつも動いていた。

 泥人形––––––

 楓の鼓動が高まった。

 来ないで––––––

 ぎーっという扉の音がした。

 ––––––泥人形達は楓には気づかず外へ出ていった。

 よかった––––––

 楓は暗闇で床にあった懐中電灯を手探りしてつけた。

 床を照らした光の中に巨大な影が浮かび上がった。

 全部出ていったと思ったのに、まだ泥人形が残っていたのだ。

 楓はトートバッグから二連装のショットガンを取り出して、急いで弾を込めた。

「俺だよ。撃たないでくれ」

 泥人形が楓に話しかけた––––––船の霧笛のようなぼわっとした音声だった。

「高見澤だ」

 くぐもった声は部屋中に反響した。

  

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