第25話 泥人形6

「マサさん?」

 楓は煌めく眼で泥人形を見詰めた。

 楓の霊感が働いた。

 確かにそこには高見澤の意識が存在した。楓は構えていたショットガンを下ろした。

 泥人形はそばまできて、感情のない白い眼で楓を見下ろした。

「本当にマサさんじゃないですか!泥人形の中にいるんですか?」

「人形師に体を入れ替えられた」

「こっちのマサさんの体は?」

 楓は部屋の隅にうずくまっている高見澤を指さした。

「今は抜け殻になっている。もうすぐ人形師が新しい入居者を連れてくるだろう」

「新しい入居者?」

「隣の墓場に眠っている霊魂だ。五百年前に死んだ戦国武将を蘇らせようとしている。このままだと俺の体はその戦国武将に乗っ取られてしまう」

「マサさんはその泥人形の中から出られないのですか?」

「俺をここから出せるのは人形師しかいない。早くここから出ないと泥人形に同化して意識もやがて怪物化してしまう」

「どうすればいいんですか?」

「人形師に元へ戻させるしかない––––––奴はそんな気は毛頭ないだろうが」

「人形師はどこにいるんですか?」

「墓場で泥掘りの時間だ。霊気が高まる夜に泥人形を作るための霊土を掘りだす。新しい入居者の魂は、子(ね)の刻から丑(うし)の刻の一番霊気が高まる時間帯に現れるだろう」

「人形師ってどんなでした?」

「ドジョウナマズの妖怪だ。長い口ひげがあって電気を発する。魚類のくせに泥をこねる大きな手がある」

「強そうですか?」

「そうでもなさそうだが妖力がある。俺はナマズの電気ショックでやられて気を失った。なにせナマズは400ボルトもの起電力がある。気がついた時にはこうなっていた」

「その体なら、ドジョウナマズの妖怪なんか簡単にやっつけられるのでは?」

「人形師は泥人形には動きが機敏過ぎる。それに体がヌルヌルしていてつかめないんだ」

「ドジョウナマズですからヌルヌルでしょうね」

 楓は顔をしかめた––––––ヌルヌルが嫌いなのだ。

「それに奴を殺すと俺はもとの体に戻れなくなる」

「ジレンマですね」

「この家の屋根裏部屋には泥人形がまだ何体も用意されている。人形師は、生きている人間の魂を泥人形に移して体を空にしては、墓に眠っている霊魂に与えているんだ」

「いったい何のためにそんなことをしているのですか?」

「ここの墓地には五百年前に非業の死を遂げた武将とその一族郎党の墓がある。女子供まで含めて全員斬首されたらしい––––––凄い怨念の塊の集団だ。この家は今は無くなった寺の跡地に立っている。寺があった時はちゃんと霊魂の供養ができていたらしいが、寺が無くなってからは、ほっぱらかしになっている。今は寺の替わりに人形師が霊魂の面倒を見ている。もう何人も部下の侍や武将の家族を蘇らせている。今日はとうとう武将本人が俺の体を使って蘇ろうとしている。戦国武将とその一族郎党は、新しい体を得て、仇(かたき)の子孫に仇討(あだう)ちをするつもりなんだ」

「かなり執念深い質(たち)ですね」

「仇討ちには大義名分がある。当時仇討ちは正義であり、名誉だったんだ」

「赤穂浪士ですね」

「それそれ。仇討ちするほうが正義の味方に祭り上げられている。不意打ちであれ、だまし討ちであれ、手段を選ばない」

「でも他人の体を使ってはいなかったですよね。体を奪われるほうはたまったもんじゃないです」

「その通り。今の時代にはどんな大義名分があろうとも許されないことだ」

「じゃあ今泥人形になっているのは、体を奪われた被害者の人達なんですね」

「そういうことだ。ただ泥人形の中に長い間いるので同化して意識も怪物になってしまっている。気の毒だがどうしようもない」

「今にマサさんもそうなってしまうのですね」

「嫌なこと言う奴だな」

「逆にいうと、その人達の体を得た戦国時代の武士達が、何人も世の中をうろついているということですか?」

「そうなんだ。そこが厄介な点だ。多分奴らは刀剣を手に入れようとしているだろう。なにせ刀は武士の命だからな」

「マサさん、私が人形師の首根っこをつかまえて、マサさんを元の体に戻すように言います」

「素直に言うことをきくような奴じゃない。首根っこもヌルヌルしてつかみどころがないし––––––」

「いろいろ持ってきましたから、ちょっと脅してみましょう。これなんかいけそうですけれど」

 楓はトートバッグから小型の火炎放射器を取り出してみせた。

「干物にするぞって脅せば––––––」

「いいけど、間違っても人形師を殺さないようにしてくれ。人形師を殺すと、俺はこの泥人形の中に永久に閉じ込められてしまうんだから」

 致命的な降魔の杭は使えないし––––––

 楓は首をひねった。

「そうだ!じゃあ、これでいきます!」

 楓のバッグから出てきたのは百均で買った三節棍だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る