第22話 泥人形3

 背丈が2メートル超の巨体。手足が丸太のように太く、全身が濃いグレーの泥人形。円筒形の頭部の白い目はどこを見ているのか焦点がなくて不気味だった。

 幅があるので高見澤の三倍以上ある感じに見え、サイズだけでも圧倒される––––––相手は楓が想像していたよりずっと凄かった。

「マサさん、無理せずに逃げませんか」

「俺に任せろ」

 高見澤は怪物を見ても落ち着いていた。


 ウオーン


 怪物は咆え、両腕を前に出して二人に向かってきた。

 高見澤は銃を抜き、連射モードで弾倉が空になるまで引き金を引き続けた。


 ズダダダダダダダッ


 機関銃のような銃声とともに、はじき出された薬莢が、道路にキンキン音をさせて転がった。

 銃弾はブスブス泥人形の体に突き刺さったが、泥に吸収されて効果がなかった。撃たれた怪物はたじろいだが、自分が平気だとわかるとまた向かってきた––––––殺された警官はこれでやられたのだ。

 銃にこだわっているとやられる––––––

 高見澤は銃を諦め、急いで上着とシャツを脱ぎ捨てて、腰にぶら下げていたヌンチャクを構えた。

 筋肉で引き締まった体をさらに引き締めたので逆三角に筋が立った。

「マサさん、何で上半身裸になったんですか?」

「このイメージに思い入れがあるんだ。危ないから離れていろ」

 高見澤はヌンチャクを回転させ始めた。

 それは木製のヌンチャクではなく、ズッシリ詰まった鉄製のヌンチャクだった。重量があるので高見澤はゆっくりと大きく、体の周りに回転させていた。


 ヒュイーン


 回転とともに棍が風切り音を発する。

 敵は大きくて動きは鈍い。ブルース・リーのような飛燕の如き素早く多彩な動きは必要ない。むしろ一発の破壊力だ。

 楓は降魔の杭を握りしめて、泥人形の怪物と高見澤の対決を見守った––––––高見澤が危なくなれば、怪物の背後から一撃見舞うつもりだった。

 怪物が長い手を前に伸ばして高見澤につかみかかってきた。


 アチャー


 高見澤は怪鳥の如き奇声を発し、鉄製の重いヌンチャクをX字に振って怪物の左右の腕を打った。

 ガスッ、ガスッと音が鳴り、鉄の棍が怪物の太い腕に食い込んでゆがませた。

 怪物は構わずゆがんだままの腕で高見澤につかみかかろうとした。


 ヒュィンヒュィンヒュィンヒュィン

 ガスッ、ガスッ


 高見澤はヘヴィーな鉄の塊を怪物の長い腕を狙ってX字に繰り返して振り回した。ヌンチャクの長さがあるので、高見澤のリーチは伸びており、怪物の腕につかまれない距離から攻撃することができた。

 鉄の棍が当たるたびに怪物の腕の泥が削られて跳ね飛んだ。


 アチャー

 ヒュィンヒュィンヒュィンヒュィン

 ガスッ、ガスッ


 高見澤は一層回転を速め、怪物の腕を徹底的に打った。

 鉄の棍の一撃一撃は重い。

 泥は飛び散り、痛めつけられた腕は途中から折れたように下方に折れ曲がった。


 アチャーアチャーアチャー


 高見澤は怪鳥の如き叫び声を上げるのをやめられなくなった。

 怪物が近づいてくると前蹴りで突き放してまた腕を攻撃し続けた。


 ヒュィンヒュィンヒュィンヒュィン

 ゴシッ、ゴシッ


 高見澤の執拗な攻撃はついに泥人形の両腕を肘のあたりで寸断して叩き落した。

 腕を短く切り取られた怪物はひるんだ。

 高見澤はヌンチャクの回転を縦に変えた。


 ヒュィンヒュィンヒュィンヒュィン

 アチャー


 敵の頭部を狙った渾身の一撃。

 加速が最大になった鉄の塊が、怪物の泥の頭の半分を削ぎ落とした。

 

 ウオーン


 怪物が咆えてよろめいた。

 これは効いた。

 怪物が攻撃力を失ったので、高見澤はヌンチャクを捨てて拳を構えた。


 アタタタタタターッ


 高見澤は正拳の連続突きを怪物の胴体に叩き込んだ。泥が飛び散り、泥人形の体は削り取られた。それでも怪物は倒れない。


 ウオーン


 泥人形は敗北を悟ったのか悲し気な咆哮をあげた。

 勝利を確信した高見澤は正拳から、より深くえぐる指を立てた四本貫き手に切り替えた––––––プロレスで言う地獄突きだ。

 高見澤は狂ったように突きまくった。


 アタタタタタターッ

 ドベシッ


 凄まじい貫き手の連続突きが遂に泥人形の胴体を突き破り、泥人形は奇妙な破裂音とともに吹き飛んだ。

 ––––––高見澤が勝った。


 クオーッ


 高見澤は野獣のように気を吐いて、ポーズを決めた。

 夜空には北極星と北斗七星が煌めいていた。

 楓は降魔の杭を使わなくてすんだ。

「マサさん、めっちゃかっこよかったです!」

「敵を体内から破壊する秘孔を突いた」

「そうは見えませんでした」

「やはり」

「ただいっぱいぶん殴って泥を飛ばしてました」

「感じ出せたと思ったのに」

 高見澤は不満げに体についた泥を払った。

 それでも綺麗にとれないので、楓は可愛いハンカチを台無しにして拭いてやった。

「はい、どうぞ」

 楓は高見澤が脱ぎ捨てたシャツを着るのも手伝った。

「でも映画以上に見ごたえありました」

「そうか」

 高見澤は楓のその一言で思わずにんまりした。

「悪いですが、この泥の山は地元の人に掃除してもらいましょう」

 ––––––泥人形の死骸はただの泥の山になっていた。

「明日町内会の人達が怒るだろうな」

「誰もこれが怪物だったとは思わないでしょうから。怪物の死骸ってメモを残しましょうか?」

「ほっときゃいいよ。この件はこれで忘れ去られればいいんだ」

「その台詞、胸にビビッときました」

「いつもそうじゃないか」

「でもマサさんよく勝てましたね。相手は相当強かったですよ」

「けっこうガチでやった」

「いつ逃げ出そうかと思って見ていました」

「薄情な奴だな」

 その夜マサは楓を歩いてうちまで送っていった。

 楓はなんだか映画のスターに送られたような気分だった––––––高見澤が狙っていた映画的イメージはそれなりに楓の心にも刺さったのだ。

 

 高見澤が怪物を倒した翌朝、新聞にでかでかと記事が出た。


 ―泥まみれ死体また二人発見―

 

 二件の殺人は公園とは違うバラバラな場所で起こった。

 ––––––なんと驚いたことに泥人形は複数いたのである。

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