第21話 泥人形2

 高見澤は40センチほどの二本の木の棒が鎖で連結された器具を、くるくると体の周りに回転させていた。

 肩に振り上げて振り下ろし、胴回りにクロスさせて右手と左手で器用に持ち替え、振り上げては振り下ろし、目にも止まらぬ速さで振り回す。時々わきの下にはさんでピタッと止めてポーズをとる。そしてまた振り回す。

「マサさん、ヌンチャクで何遊んでるんですか?」

 楓もそれがヌンチャクと呼ばれる武器であることくらいは知っていた。

 ヌンチャクは双節棍とも呼ばれる。もとは馬のくつわや脱穀用器具から発展したとの説があり、三節棍、四節棍、七節棍などバリエーションがある。映画スターの武道家ブルース・リーがヌンチャクを世界に強烈に印象付けたが、武道においてはあくまで補助的なものでありメジャーな武器ではない。

「最近夜出没している殺人犯対策だ。もう何人もやられている。巡視していた警官が銃で撃ったが相手は死なずに警官のほうが殺された。空手の達人も殺された。とすれば何か工夫がいるだろう」

「ヌンチャクなら勝てるんですか?」

「普通に考えれば駄目だと思う」

「じゃあなんで練習しているんですか?」

「カッコいいから」

「そんなんじゃ駄目でしょ」

「実戦でどうやるかも考えてる」

「マサさんてまじめに武術やってたんですか?」

「空手とカンフーの達人だ」

「流派は何なんですか」

「映画と漫画を中心に学んだ」

「燃えよドラゴンとか」

「御明察」

「秘孔を突くやつとか」

「そうそう」

「全然不真面目じゃないですか!」

「真面目だ。俺のヌンチャクの技はブルース・リーが映画でやっているのとは違う」

「私には同じように見えますけど」

「より実戦的な琉球古武道だ」

「琉球古武道というと急に説得力が高まりました」

「ブルース・リーのは映画だから、スピード感を出すために振りがコンパクトだ。しかし、実戦ではもっと大きく加速をつけて振らないと威力がない」

「なるほど」

「犯人は銃弾が通じない相手だ」

「怪物です」

「人間凶器の空手の師範の突きや蹴りも効かなかった」

「どうしようもない相手みたいです」

「もっと破壊的な武器が必要だ」

「バズーカ砲ですか」

「特製のヌンチャクを用意してある」

「真剣に心配になってきました」

「なぜ?」

「マサさんが映画とか漫画のイメージに取り憑(つ)かれているのは見え見えです」

「この相手には映画とか漫画の主人公くらい強くないと勝てそうにない」

「そんなのりで本当に犯人に出会っても大丈夫なのですか」

「一応そう思ってる」

「じゃあ今日の夜回り、私も一緒に連れていってください」

「馬鹿言え、毎日のように人が殺されているんだぞ」

「でもマサさんは自分が勝てる自信があるから見回りしてるんでしょ」

「まあそうだが」

「実は私も前から一度、マサさんがかっこよく映画みたいに悪者をぶっ倒すところを見てみたかったんです」

「そんな映画みたいにはいかないよ」

「絶対映画みたいな勝ち方をして欲しくなってきました」

「楓のほうが映画かぶれじゃないか」

「結構見てます」

「もし俺が負けたらどうするんだ」

「こう見えても足は速いんです。マサさんが負けそうだったら、一目散に逃げますから」

「そんな薄情な––––––ピンチになると見捨てて逃げるのは卑怯だ」

「ただのバイトですから」


 その夜楓は高見澤を言いくるめて、一緒に夜の巡回に出た。楓は降魔の杭を持っているので、いざとなれば自分の身は自分で守る用意があった。

 歩きながら高見澤は時々発作のようにカンフーの構えを取る––––––脳内が完全に映画モードになっている。楓も高見澤と化け物の対決が楽しみでワクワクしていた。

「マサさん、ヌンチャクは使ってもいいですけど、秘孔を突くのだけはやめてもらえませんか」

「是非やってみたい」

「ほんとに負けますよ」

 二人は商店街を過ぎて、暗い夜の公園のそばを通りかかった。

「映画だとこういう雰囲気のところで現れますよね」

「夜の公園で殺されたケースがあった」

「なんかこの辺で出そうな気がしてきました」

 楓がそういうと、まるで二人の会話を聞いていたかのように、それは公園の闇の中から姿を現した。

  

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