第53話 狂気のハロウィン4
翌日はうって変わって街は普段の姿に戻っていた。
まだ片付けていないジャック・オ・ランタンは随所に見られたが、もう仮装して歩いている人はいない––––––人々の興奮は去っていた。
高見澤の刑事部屋のサイドボードには、バットマンとキャットウーマンのマスクが飾ってあった。クリスマスのあとのサンタの衣装と同じで、一夜明けると急に不用品になる。でも高見澤と楓には、思い出に残る夜だった。
「三百人!新記録だな」
昨晩バットマンに扮してホストクラブで多数の人獣を退治した高見澤は、一晩で殺された人の数を新聞で見て驚いた。
「けっこういってしまいましたね」
楓はキャットウーマンの鞭をヒュイッと音をさせて振りながら、新聞を見ていた。
「俺達も人命を守ってけっこう頑張ったのにな」
「バットマンがいなければ、ホストクラブのお客のおばさん達も、間違いなく死者の中に入ってましたよ。マサさんは最高のホストです」
「馬鹿言うな。あの後俺は大変だったんだぞ」
「マサさんは刑事よりあのほうが向いていたかもですね。一晩で百万は軽いですよ」
「一晩百万か––––––バットマンでそんなに稼げるのか」
高見澤は真剣な面持ちで考え込んだ。
「マサさん、冗談ですからそんなに本気にならないでください」
「やっぱり客層に難があるな。妖怪よりひどかった」
高見澤はブルルッと身震いした––––––相当傷ついていて精神的トラウマになっている様子だった。
「宿(すく)鼠(ね)が言っていたように、水妖の被害と思われる記事が出ています––––––浴室で殺されていますから」
「水妖って人獣よりも陰湿な感じだな。地面を伝ってくるし」
「水栗鼠の妖怪宿鼠と協力して、何とか手を考えないといけないですね」
「協力といえば、人獣キラーの鳥型人獣とも協力できないものだろうか」
「一度富士の樹海へ行って、鳥型人獣の女王に会ってみてはどうでしょう」
「青木ヶ原樹海ってなんか怖いな。入ったら二度と出てこられないとか」
「樹齢千二百年の原生林にはいろいろな鳥達が棲んでいます。鳥型人獣にはまたとない棲(す)み処(か)なんだと思います」
「うまく味方にできればいいが」
「マサさんが女王に気に入られればいけるかもです」
––––––楓は山神のケースを思い出して含み笑いを浮かべた。
「なんだったらバットマンスタイルでいけば共感が得られるかも知れません」
「かえって飛行人獣と間違われそうだ」
「時空の巫女月弥呼(つきみこ)はとても不思議な存在ですね」
「なんか青い眼の占い師に似たところがあると思った」
「私もそう思いました。霊感力が強いということでしょうね」
「鬼の忍者との関係が気になる」
「鬼族は多分私達には一番手出しができない種族だと思います。鬼族が月弥呼を追いかけているなら、私達は月弥呼にはあまり近寄らないほうがいいと思います」
「幸い鬼族は人間には無関心らしいから、下手に関わらないことだな」
––––––高見澤はあの鬼族の忍者の剣技を思い出すだけで冷や汗が出た。
「俺達が一番気にしなければならないのは、やはり人獣だろう」
「青狼だけでなく、白狼まで登場したのには驚きました」
「人獣の世界の構図がほの見えたな」
「青狼人獣と白狼人獣の対立の構図は明らかですが、従来型の人獣との関係はどうなのでしょうね」
「青狼も白狼も従来型の人獣より組織的な感じがする」
「理由はわかりませんが、月弥呼は白狼人獣のほうにつきましたね」
「そうだったな」
「だとすれば白狼人獣の首領と会ってみる手だと思います。月弥呼と話ができる相手だとすれば、私達とも通じるところがあるかも知れません」
「人獣と話し合いなんてできるのかな」
––––––高見澤は白狼のことも信用していなかった。
「青狼人獣のほうはやたら凶暴で、話しが通じる感じは全然しなかったです」
「鬼族の忍者がいなければ、人間も巻き込んで大変なことになっていたかも知れんな」
「そう言う意味では、鬼族の忍者は助けになりました」
「百鬼夜行とすれ違ったな」
「あれは本物の妖怪でした」
「何人かあれに取って喰われたみたいだな。あれを見ても誰も逃げ出さないんだから驚いた。でも伝統的な妖怪や鬼達は、今や一番害の無い部類だな」
「一晩で情報的には随分収穫がありましたね。これからやるべき仕事がたくさんできました」
「楓のキャットウーマンは今後も使えるんじゃないか」
「あのコスチューム私も気に入りました––––––動きやすくて。マサさんもこれからはバットマンにしたらどうですか」
「いや、二度とやらない。おばさん方の相手はもうこりごりだ」
そこへ捜査第一課からの依頼書面がばさっと届いた––––––昨晩発生した事件がてんこ盛りになっているはずだ。
「来ましたよ。えーとまず、空飛ぶ人獣にさらわれた」
「昨晩の学習からして、多分鳥型人獣じゃなくて飛行人獣だな」
「個別の事件としては追い駆けても難しいでしょうね」
「空飛ぶ連中の件は、なんとか鳥型人獣の女王に会ってまとめて解決する方向にしよう」
「樹海ですね」
「アプローチの仕方を考えておいてくれ」
「はい。えーと次は、これは怪奇以外の何ものでもありません。複数の違う場所で、大きな魚類の死体が見つかっています––––––これ多分人間が魚類化してますよ。いずれも浴室内ですのでこれも水妖の仕業ですね」
「それは怪奇事件捜査課でなんとかせにゃならんな」
「次は、青狼人獣の集団による襲撃事件ですね。一晩で何件も相次ぎました」
「鬼族の忍者にこっぴどくやられたのにな」
「いろんな場所に集団で現れています。青狼人獣は数が多くて勢力が強いですね」
「白狼についての事件は?」
「白狼人獣による人間の殺害事件はありません」
「なるほど。白狼人獣は青狼人獣と戦っているが、人は襲っていないんだな。昨晩もそんな感じがしたがこれで裏付けられた。他には?」
「殺された妖怪の死体が随所で見つかっています」
「不知光の巫女だな。それはほっときゃいい」
「連続放火––––––これはなんとなく再生人の匂いがしますね」
「それも後回し」
「あとは、うちにくるべき事件ではないと思いますが、仮装した人間同士の争いが沢山起きて多数の死傷者が出ています」
「人獣にビヘイビアが影響されている奴らが多いということだ」
「どうやらざっくり見た感じでは、昨晩は人獣や妖怪より、人間が人間を殺した数のほうが多かったようです」
「世も末だな」
「人獣や妖怪がやるから自分もやっていいと思うのでしょうかね」
「全くたわけた奴らだ。人間だといっても守る価値がない連中だ」
「色々起こっていて、どこから手をつけていいのかわかりませんね」
「うーむ」
「こういう時は占いがいいんじゃないでしょうか」
「また占い師のところに行って見るか」
「占い師なら月弥呼についても何か知っているんじゃないかと思います」
「あの二人はどちらも不思議な存在だな。ミステリアスな感じではいい勝負だ」
––––––ハロウィンは終わったが、高見澤と楓には仕事の山が残された。
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