第54話 妖鳥ガルダラ1

 高見澤と楓は、久し振りに占い師の店を訪れた。

 営業時間終了後の深夜、街の人通りも少なくなる時間帯だったが、その夜はちゃんと灯りがついていて、占い師には眼があった。

 青を基調にした室内は、ゆらゆらと揺れる紫色のランプの炎で照らされ、テーブルには紫水晶の玉と、チェスボードと、地球儀に似た上下左右に回転する古めかしい時計と、上半身が翼のある人間で下半身が鳥の半人半鳥の像が置いてある。

 鳥型人獣の像だ––––––

 高見澤も楓も一目見てそれが何であるかわかった。

 占い師は手で時計を縦横の軸に動かしていた。水平な軸は日にちを、垂直な軸は年を表している。スカーフとアラビアンマスクの隙間から覗いている青い眼の耀きが、ランプの光で揺らいでいる。

「この頃時空が不安定になっているんですよ」

「宿鼠から不知光の巫女も時空の乱れを感じ取っていると聞きました」

 楓も月弥呼と青狼人獣を見た時、何か違う世界が入り込んできたような印象は持っていた––––––霊感者は異なる時空から来た者に対して多かれ少なかれ違和感を感じるのだ。

 楓が、ハロウィンの夜に目撃したことや発生した事件について手短に説明したが、占い師は既に事態を把握していた。

「実は私もあの場にいたのです」

 青い眼の占い師は、その夜起こることを予め予見していて、大通りのあの場所で月弥呼を待ち受けていた。月弥呼が現れ、青狼と白狼が戦い、鬼族の忍者が青狼を斬り、鳥型人獣が舞い降りたシーンの一部始終を、占い師は見守っていたのだが、高見澤も楓も宿鼠達も気づかなかった。

 占い師は、まるで忍者のように身を隠す術を心得ているらしく、月弥呼にその存在を悟られないように気配を消していたので、誰も気がつかなかったのだ。

「月弥呼と私が同じ時空に存在しているのはよくないような気がするのです。それがまた時空を不安定にするような気がして––––––」

 占い師は独り言のように呟(つぶや)いた。

 楓は占い師自身が月弥呼の影響を受けて、少しこの時空で不安定になっていると感じた––––––強力な二人の霊感者の間に相互作用が働いて影響し合っているのだ。

「この世界がどのような配置になったか見てみましょう」

 占い師はチェスボードから不要な駒を取り除いて横によけた。

 ホワイトクイーン

 ホワイトビショップ

 ホワイトルーク

 ホワイトナイト

 ホワイトポーン

 ブラックポーン

 ブラックナイト

 ブラッククイーン

 ––––––八つの駒だけが残された。

 占い師は八つの駒を両手に持って手の中でシェイクしてかき混ぜると、サイコロを振るように盤上に投げた。

 片手を紫の水晶玉にのせ、思念を集中する。占い師の青い眼がキラキラと星屑のような煌めきを放った。

 投げられて大方横向きに倒れていた駒は、自分でひょいと起き上がってチェスボードの升目に従って動き始めた。

 チェスの駒の動きは将棋に似ている。クイーンは飛車角、ビショップは角、ルークは飛車、ナイトは桂馬、ポーンは歩に似た動きをする。それぞれの駒がそれぞれの規定の動きでひょこひょこと位置を変えた。

 最初てんでばらばらに動いているように見えた駒は、次第に斜め方向に整列し始めた。

 ホワイトクイーン、ホワイトビショップ、ホワイトルーク、ホワイトポーン、 ブラッククイーン、ブラックポーン、ホワイトナイト、ブラックナイトの順で、ボードの対角線上に並んで動きが止まった。

「こういうことです」

 占い師は両手を広げて、チェスボード占いの結果を見せた。

「それぞれの駒が何かを象徴しているのですよね」

 楓は一番端にいるホワイトクイーンと真ん中あたりにいるブラッククイーンが気になった。

「ホワイトクイーンは月弥呼

 ホワイトビショップはヤマ

 ホワイトルークは翼人族

 ホワイトポーンは人族

 ブラッククイーンは女王

 ブラックポーンは人獣と妖怪

 ホワイトナイトは白狼

 ブラックナイトは青狼」

 占い師は一つ一つの駒の頭を指先で押さえながら説明した。

 高見澤はきょとんとしている。

「この並び方に意味がありそうですね」

「駒の配置が、相互の関係の緊密度合いや物理的な位置関係を示唆しています。あくまで象徴的で大づかみな把握ですが」

「どのような解釈になりますか?」

「そうですね。ホワイトクイーンの月弥呼とホワイトナイトの白狼の距離は遠いですから、月弥呼は白狼と青狼の間に入って白狼を選んだように見えましたが、月弥呼と白狼との関係は深くないということです。月弥呼はホワイトビショップのヤマとの関係が深く、ホワイトルークの翼人族とも同じ側にいます。一方、青狼と白狼は争いましたが、同じ狼人獣としてはやはり近い関係にあります」

「ヤマというのは、再生人を作っている夜摩のことですね」

「ヤマはとても古い種族です––––––死霊界の主ですから。再生人を作っている夜摩は少し違うような気がします。翼人族もヤマと同じくらい古い種族です」

 占い師は盤上のホワイトビショップとホワイトルークを人差し指と中指で指して言った。

「翼人族というのは鳥型人獣のことですね」

「翼人族は人獣とは縁もゆかりもありませんので、鳥型人獣と呼ぶのは誤解を招きます。人獣は妖気が原因ですから、魔のエネルギーに影響されて発生してきています。翼人族は魔とは無縁です。なぜ今ごろ突然現れたのかは謎ですけれど」

「そもそも月弥呼は、どこから何のためにやってきたのですか?」

「月弥呼は時空を彷徨(さまよ)う巫女です。時空の気まぐれで、ある時空から別な時空へ動き回るのです。時間軸を遡ることもあります」

 占い師は今度はホワイトクイーンとホワイトビショップを指差した。

「ホワイトクイーンとホワイトビショップが並んでいるのは、月弥呼とヤマの関係の緊密さを表しています。月弥呼は、古代に西に存在したヤマ国の女王だったのです。月弥呼とヤマは協力して滅亡したヤマ国の再興を図ろうとしているのだと思います。もう一人の女王ブラッククイーンは月弥呼の分身です」

「女王なのですか?」

「ホワイトポーンは人族、ブラックポーンは人獣と妖怪、ブラッククイーンはその間にいます。人間と人獣と妖怪が入り乱れたこの社会を、ブラッククイーンが治めることを意味しています」

「この女王は誰のことなんでしょう?」

「月弥呼は、その女王になるべき者として、この時代にいるはずの自分の子孫を探し出そうとしています」

「そんなにうまくいくんですかね」

 高見澤が首を傾げた。

「多分そう簡単にはいかないと思います。月弥呼が現れるといろいろな影響を及ぼし、戦乱が起こります。月弥呼も命を狙われます。ただ、過去の実績からして、月弥呼が与(くみ)する種族や国は全て滅ぼされてきています。月弥呼はそういう悲運を背負っているのです」

「何とも不思議な人ですね」

 楓はそう言いつつ、占い師も月弥呼と同じくらい不思議な人だと思った。

 月弥呼もそうだけれど、占い師もこの時空の人なのだろうか––––––

「月弥呼は強い霊力を持っていますが、彼女自身気紛れな時空に弄(もてあそ)ばれています。決して彼女が望んでこの時代のこの世界にやってきたわけではありません。ただ来てしまったからには、月弥呼の影響は不可避です」

「このチェスボード占いに現れた関係からすると、運勢的には我々はどこから手を付ければいいですかね」

 高見澤がきいた。

「まず、富士の樹海に行かれたらいいと思います」

「翼人族ですか」

「月弥呼とヤマは独自の目的を持って動いていて、それは人族の利害とは対立するでしょう。人獣のように攻撃的ではないものの、人間社会を別なものに作り替えてしまうでしょう。でも人族が何をしてもヤマの力には抗しえないですから、当面の敵は人獣に絞るべきです。月弥呼の望みはいつも叶わないわけですから、成り行きに任せるのが得策でしょう。

 青狼は話が通じる相手ではありませんし、白狼でさえあなた方の味方とは限りません。味方になる可能性があるのは翼人族だと思います。翼人族の力で青狼人獣を叩くことができれば、それがベストシナリオでしょう。

 駒の配置が対角線になっているのは、月弥呼とヤマが南西方向にいて、青狼と白狼が北東方向にいることを示しています。青狼を北に駆逐することが可能になるはずです」

 高見澤も楓も翼人族が青狼人獣の死体を喰うところを目撃していたので、さもありなんと思った。月弥呼とヤマの動きは不安だったが、占い師の言う通り、様子見が正しい選択だと思われた。

 どこから手を付けていいかわからなかった高見澤と楓は、占い師のおかげで、頭の中を整理することができた。

「それと運勢的には、楓さんは、引き続き危険な目にあうことが多いと思いますので気をつけてください」

 占い師は最後に付け加えた。


 その夜、高見澤はパトカーで楓を家まで送っていった。

 左手だけでハンドルを握り、右手をホルスターの上にのせたいつものスタイルで高見澤は運転していた。

「あまり突っ込まなかったけれど、やっぱり占い師と月弥呼とは凄く共通点があるな」

「私も改めてそう思いました」

「占い師は月弥呼のことをよく知っていたが、実はもっと深く知っているんじゃないかと思った」

「マサさん、いつからサイキックになったんですか?」

「楓みたいな霊感じゃなくて、刑事の勘だよ」

「流石、一流の刑事は感覚が鋭いですね」

 楓は真面目な顔で言った––––––楓も霊感で全く同様のことを感じていた。

 もしあのチェスの駒の中に占い師自身の駒があったら、どういう並び方になったのだろうか––––––

 占い師は月弥呼の敵なのか味方なのか––––––

 占い師は知れば知るほど不思議な人物だった。

「明日は富士の樹海に行くことになりそうだな」

「こういうことでもなければ自殺の名所に行く機会はありませんね」

「占い師が楓に危険なことが起こると言っていたのが気になるな」

「マサさんがしっかりボディガードをしてくれますよね」

 楓はそう言ってパトカーを降りた。

 その時、一瞬地面を黒い影が走ったような気がした。

 あれは水妖では––––––

 陰湿な妖怪の魔の手は、楓にも伸びてきていた。


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