第52話 狂気のハロウィン3
「凄過ぎる」
武芸に心得のある高見澤の目に、鬼族の忍者の剣技が焼き付いていた。人間技ではない、と言いたくなるが、文字通り人間ではない。
「鬼族の忍びの強さは我々も聞いています」
ロルルルがうなずいた。
「あれは本物の鬼なのか?」
「あれこそが鬼です。人族がイメージしている鬼と亜空間霊界の鬼族とはまるで別物です。人族が知っている鬼は角のある妖怪で、そもそも鬼族とは違うものなのです」
「あんな凄いのに暴れられるとどうしようもない。獰猛な青色人獣でさえあの様(ざま)だ」
高見澤は路上に散乱している青狼人獣の死骸をあごで指した。
「鬼族の肉体は強靭で、傷を負ってもすぐに修復してしまいます。銃弾では殺せないでしょう」
「それじゃ手の打ちようがない」
「触らぬ鬼に祟(たた)りなしです。幸い鬼族は人族には関心がないと思います。鬼族の忍者が追いかけていたのは、あの月弥呼という女性です。鬼族と月弥呼は歴史的な因縁があるのです」
ロルルルは鬼族についても月弥呼についてもよく知っていた。
「まるでどこかの女王様のようだった」
「月弥呼はどの時代にも女王でした」
「どの時代にも?」
「月弥呼は時空の巫女。異なる時空から時空へ移動することで知られています」
「それはまた異次元の世界だな」
「不知光の巫女が時空に乱れがあると言っていました。月弥呼は時空の乱れに乗って、この世界のこの時代に辿(たど)りついたのかも知れません。月弥呼が現れると、戦乱を引き起こすと言われています。月弥呼が戦乱を望んでいるのでなく、たまたま戦乱の世に現れる運命なのかも知れませんが、時空の仕組みは私達にはわかりかねます。占い師ならもっと正しく理解していると思います」
「その月弥呼が引き起こす戦乱とは何を意味するのでしょう?」
楓がきいた。
「さきほどの人獣同士の戦いのように、戦乱は人間と人外の戦いとは限りません。人獣間や人外同士の戦いかも知れません。あるいは人間同士の戦いも考えられます。いろいろな種族が入り乱れた戦国時代が到来するかも知れません」
「その戦いに鬼族も関与してくるのでしょうか」
「歴史的に鬼族は他種族を侵略したことはありません。鬼族は無敵であり、独立独歩の種族なのです。月弥呼に関心があるのは鬼族の長の鬼王です。部下の忍びは鬼王の指示で動いています。でも見た限りでは、月弥呼は鬼王の招きを受け入れませんでした。月弥呼は鬼王とは過去からの因縁があり、鬼王と距離を置こうとしているようです」
––––––どうやら深い事情があるようだ。
その時、夜空にバサバサと鳥の羽音がして、多数の鳥型人獣が舞い降りてきた。
さきほど飛行人獣と空中戦を展開していたが、どうやら今夜は鳥型人獣が勝利したようだ––––––鳥型人獣は飛行人獣より、空中での運動性で勝っており、獰猛な飛行人獣を制することができたのだ。
鳥型人獣は、先程の戦いで殺されて転がっている、青狼人獣の死骸に群がってきた。
上半身は人型で、頭部にミミズクのような羽角(うかく)があり、下半身と翼は鳥そのもので、猛禽類らしい鋭利な爪がある。顔は人間なのに歯が人獣のそれのように尖っていて、人獣の死肉を貪り食っている。
幸いなことに、鳥型人獣は人肉には関心がないので、人獣だけを狙う––––––まるで害虫を駆除してくれる益鳥のようなものだ。
鳥型人獣の生態に関する情報は極めて限られていたが、その夜は間近に見ることができた。仮装した人々も物珍し気に、鳥型人獣が食事する風景に見入っていた。
「霊感を持っています」
楓が一羽の鳥型人獣と感応した。
「富士の樹海が棲(す)み処(か)で、ハロウィンの夜を狙ってそこから飛来したようです。ここには来ていませんが、種族は女王に率いられています」
「富士の樹海で大人しくしていて、人獣を駆除してくれるなら、何も文句はない」
高見澤は鳥型人獣が気に入った。
その時、するすると地面を這っていく影に宿鼠達が気がついた。
「水妖だ」
ルルロロが指さした。宿鼠達は同じ水棲の妖怪を知っていた。
「仲間なのですか?」
三人の宿鼠が同時に大きくかぶりを振った。
「とんでもないです」
「あれは悪党で殺し屋です」
「人間を狙っています」
三人は口々に言った。
水棲の殺し屋もまたハロウィンを狙って蠢(うごめ)いていた。
「今晩はほんとにいろんなものに出くわすな」
「今まで知らなかったことが多過ぎて、恐ろしくなりました」
高見澤も楓も、一晩でこれほどのことが起こるとは予想していなかった。
「まだ出ていないのは不知光の巫女だな」
「さきほど妖気を追っている不知光の巫女に出会いました。不知光の巫女がハロウィンを見過ごすわけがないです。きっと今頃どこかで忙しく妖気を殺していることでしょう」
リリルルが言った。
「俺達もせっかくこういう格好で出てきたからには、一仕事しにいくか」
「どうしましょうか、バットマンさん」
「キャットウーマンが歓迎されそうな場所に行ってみよう」
「私達は今晩見るべきものは見たと思いますので、怪我をしないうちに帰ります。きっと水妖が何かしでかすでしょうから、お手伝いできることがあればお声掛けください」
––––––三人の宿鼠達は隠れ家へ帰っていった。
高見澤が秘かに狙っていたのは、人獣のホストクラブだった。
客は金持ちの奥様方ばかり。
今晩はホストもパトロンもお互いにヴェネツィアカーニバルの仮面を付けていて、人獣のホストだとは気づかないし、奥様方も自分の恐るべき正体を隠せるので、またとないチャンスだった––––––放っておけば一晩で何人も人獣の餌(えさ)になる。
高見澤は金持ちの奥様方は特に助けたい人種ではなかったが、一番確実にまとめて人命を救うことができる場所だった。
まず、高見澤が店に入った。
途端に周囲のテーブルから嬌声が上がった。
「バットマンさん、こっちへ来てぇー」
––––––どうやら扮装したホストの一人に勘違いされているらしい。
しかし、人獣達はだまされない。
何人かが席を立って、招かれざる客に向かってきた。
三匹––––––
バットマンは人獣を十分引きつけて、二丁のフルオートの拳銃でまとめて片付けた。
「きゃあーっ、バットマン素敵ぃー」
奥様方はまだハロウィンのアトラクションと勘違いしているらしい。
しかし、人獣達は本気になって、総出でバットマンに向かってきた。
バットマンは急いで銃のマガジンを引き抜いて、新しいものに入れ替えようとした。
人獣はその隙にバットマンに飛び掛かろうとしたが、天井からキャットウーマンが飛び降りてきて、人獣の一匹に背後から降魔の杭を打ち込み、もう一匹の人獣の首に鞭を巻き付けて引き倒し、更にもう一匹をブーツで蹴倒した。不意打ちに面食らった人獣達は、キャットウーマンに襲い掛かろうとしたが、そこへまたバットマンが銃弾を喰らわせた。
人獣のホストが全部殺されたので、残っているのはバットマンだけになった。
「きゃあーっ、バットマン強くて素敵ぃー」
高見澤は、金持ちの奥様方に包囲された。
「キャットウーマン、助けてくれ!」
おばさん達にべったり纏(まと)わりつかれたバットマンは助けを求めて叫んだが、キャットウーマンはバットマンを見捨てて店を出ていった。
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