第51話 狂気のハロウィン2

 宿(すく)鼠(ね)達もハロウィンの夜ばかりは、開放感を味わいながら、仮装した人々の中を歩いていた。ロルルル、リリルル、ルルロロの三人は、いつものようにフードをかぶり、色違いのヴェネツィアカーニバルの仮面をつけていた––––––今宵は多少は仮装していないとかえって目立ってしまう。

 人獣や悪い人間に狙われている宿鼠は、出歩くときはいつも冷や冷やして神経を尖らせていないといけないが、これだけ入り乱れていると、狙う方も狙いが絞り切れない。誰が誰を狙っているのか、誰が誰に狙われているのかわからない。

 妖気が飛び回っていても、今晩に限っては目立たない。ただ宿鼠達は、なぜか先程から色とりどりの妖気が自分達の周囲を飛び交っているのが気になっていた。

「目障りだから宿らせてやろう」

 三人の宿鼠は上を向いて揃って口を開けた––––––飛び回っていた妖気が、ヒュヒューッと音を立てて宿鼠の体内に吸い込まれた。

 そこへ不知光(しらぬい)の巫女が空中を青白く光りながら浮遊してきた。どうやら妖気は不知光の巫女に追われていたらしい。不知光の巫女に喰われて死ぬより、宿鼠に宿らせてもらいたかったのだ。

 不知光(しらぬい)の巫女は宿鼠達の頭上で、しばし留まった。眼無しの巫女は、扮装も何もしなくても素のままで見た目が一番恐ろしい。不知光の巫女が、眼のない顔を宿鼠達に向けたので、三人は会釈した。

「時空の乱れを感じる。この世の終末に一歩近づいたかも知れぬぞ」

 不吉な言葉を残して、眼無し巫女は空中を飛び去った。

 その時、リリルルが、人混みの中に、輝く青い眼の婦人を見つけた。

「あの人は!」

 古代から来たような古風な紫色の衣装で金の冠をつけている。自然な着こなしは扮装ではなく、一目見て高貴な出の女性であることは明らかだった。

「あの眼の光は、占い師とそっくりだ」

 ルルロロは、強い霊感を感じさせる青く光る眼は只者ではないと思った。

 ロルルルもその女性から気おされるようなオーラが発せられているのを感じた。

 あれはきっと月弥呼(つきみこ)に違いない––––––

 三人は仮装した人々の波をかき分けて、その不思議な女性の後をつけた。

 月弥呼は時空を漂う巫女。月弥呼が現れるところには、必ず戦乱が起こるといわれている。宿鼠達は、人間界に人獣や妖怪妖気が跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)するようになってから、月弥呼が到来したか、あるいは到来するのではないかと疑っていたが、それらしき人物を実際に目撃したのはこれが初めてだった。

 月弥呼は絶世の美女で、力のある王の誰もが月弥呼を得んとする。巫女として強力な霊力を持っており、その力を狙いとする者も多い。逆に月弥呼を得られなければ、恐れて殺そうとする。月弥呼は戦乱を引き起こすとともに、常に誰かに命を狙われる運命にある。

 混迷が深まりつつある人間界のこの時代に月弥呼が現れたとすれば、過去の事例に照らして、この世界で大きな戦乱が起こる可能性が高かった。また、既に月弥呼はこの世界の者達に命を狙われているに違いなかった。

 月弥呼と後ろからついてきている宿鼠達は、仮装をした人々で溢れている大通りに出てきた。

「危険な匂いがする」

 ルルロロはこの通りには多数の人獣が群がっていることを敏感に感じた。普段なら何も考えずに一目散に逃げるところだが、今夜は人間達同様、宿鼠達も好奇心が防衛本能を上回った。それに月弥呼がここで何をしようとしているのか、見逃すわけにはいかなかった。

「あっ、あれは鬼族だ」

 ロルルルは一対の角のある黒装束の忍者に気がついてぎょっとした。背中に剣を背負って腕組みをして立っている。

「なぜ亜空間霊界の鬼族がこんなところに––––––」

 リリルルとルルロロも驚きを隠さなかった。

 鬼族の忍者は、人獣の集団以上に危険な殺しの専門家である。ロルルルは鬼族が人間界に現れることは滅多にないので訝(いぶか)しく思った。そしてその鬼族の忍びの者も、宿鼠達と同様、月弥呼を見張っていることに気がついた。

 鬼族も月弥呼に関心があるのか––––––

 大通りの中央では青い狼の人獣の集団と、白い狼の人獣の集団が対峙していた。

 一触即発の睨み合いのただ中に、月弥呼は怖れることなく進んでいく。

 鬼族の忍者は、月弥呼とその両側の人獣の動きをじっと見守っていた。

 反目する二つの集団の間に割って入る形で、月弥呼はまず青い狼の人獣達のほうに向きなおった。青い狼達は黄色い眼を光らせ、唸り声を立てた。

 月弥呼の青い眼が眩く輝いている。

 次に月弥呼は白い狼の人獣のほうに向いた。

 白い狼達は静かだった。

 月弥呼は微笑んで白い狼の人獣の群れの中に歩み入った。

 それが戦いの開始を告げた。

 青狼人獣は、白狼人獣に襲いかかった。

 白狼人獣は月弥呼を守って獰猛な青狼人獣と互角に戦った。しかし、青狼人獣は数で勝っており、一匹の白狼が複数の青狼を相手にしなければならなかった。青狼人獣は着実にその牙と爪で白狼人獣にダメージを与えた。

 月弥呼の守りは手薄だった。青狼人獣は白狼人獣に与(くみ)した月弥呼に襲い掛かろうとした。

 その時、黙って人獣同士の戦いを見守っていた鬼族の忍びが剣を抜いた。鬼族の忍びは狼に勝るスピードで、戦っている人獣の群れに飛び込み、月弥呼の周りに群がっていた青狼人獣を目にもとまらぬ速さで斬り倒した。

「貴様何者だ」

 それを見た青狼人獣の首領らしき男が、黒装束の忍びに向かって言った。

 黒い忍者は答えず、首領に走り寄った。青狼の鋭い爪の一撃をすれすれにかわし、肩口から脇腹に掛けて斬った。

 ドビュッという鈍い音とともに、青狼の体は斜めに分断されて地面に落ちた。

 鬼の忍びが剣を一振りするごとに、斬られた青狼の体の部位が飛び散った。鬼の忍びは瞬く間に青狼の死骸の山を築いた。

 黒装束の忍者のあまりの強さに、青狼人獣のグループは旗色悪してみて、引き下がった。

 青狼人獣が逃げ去ったのを確認した鬼族の忍びは、刀を鞘に収め、白狼に守られていた月弥呼の前に歩み寄ってひざまずいた。

「月弥呼殿、鬼王が是非鬼閻城にお連れするようにとの仰せです。ご同道いただきますよう」

 月弥呼は危ないところを救われた鬼の忍びを無視して背を向けた。

「月弥呼殿!」

 忍びが呼び止めたが、月弥呼の姿は透き通って透明になり、空間に溶け込むように消え失せた。

 それを見た鬼族の忍者も吹き消えるように姿を消した。

 敵が逃げ去り、守るべき者もいなくなった白狼人獣のグループもその場から立ち去った。

 宿鼠達は一部始終を見ていた。

 宿鼠達と反対側から、高見澤と楓もそこで起こったことを目撃した。

 宿鼠達が高見澤と楓に気づいて歩み寄ってきた。

 たくさんの人獣の死体が転がっている大通りは、また仮装した人々で溢れ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る