第17話 妖獣租界4

 美しい石造りの碑が立ち並ぶかつての人間達の人気スポット外人墓地は、獣人墓地に名称変更され、墓地の管理人には人獣が就任していた。今後死亡した人獣の遺体をここに葬るというが、今のところ地中に埋もれた腐った遺体は人間のものだった––––––遺体を荼毘にふす習慣のない異教徒の遺骸である。

 山手から人間達が逃げ去ったあと、宿主が不足した妖気は取り敢えず墓地に埋もれていた屍(しかばね)に取り憑いた。そのせいで獣人墓地ではゾンビが歩き回っている。長年地中に埋もれていたせいで肉が剥げ落ちて骸骨同然のものも多かったが、中には驚くほど生前の原型を留めているゾンビもいた。

 綺麗に整備された墓標が並ぶ獣人墓地は、醜いゾンビ達の楽園になっていた。

 獣人墓地の門の前に、幼女巫女の一人柿の種の巫女が現れた。

「ここには寺社の関係者は立ち入り禁止だ。巫女はお門違いだからさっさと帰んな」

 千早と緋袴の巫女装束を見た大きな体の熊人獣の管理人が、柿の種の巫女の進入を拒否した。

「あ、立ち入り禁止だったんだ。知らなかった!」

 柿の種の巫女はわざと驚いた顔をしてみせた。

「それとも少し早いが俺の昼飯にしてやろうか」

 ガルルルッ

 熊人獣は牙を剥いて柿の種の巫女に覆いかぶさるように背を丸めた。

「柿の種をたんまり喰らいな」


 ドルルルッ


 柿の種の巫女のバルカン砲が火を噴いた。

 熊人獣の管理人の巨体は柿の種弾で蜂の巣にされて、どうっと音を立てて倒れた。

「あ、もう立ち入り禁止じゃなくなったみたいね」

 柿の種の巫女は、生まれ出た時から、武器も顔つきも幼女巫女の中で一番強そうだった。六つある砲身を回転させながら、一分間に六千発の柿の種弾を発射するバルカン砲は幼女巫女軍団のトップガンだ。当たらないように撃つ方が難しい武器なので、眼が見えていない幼女巫女にはおあつらえ向きだ。

 柿の種の巫女は、入り口を塞いだ熊人獣の死体を踏み越えて、獣人墓地に入った。

 

 げえーっ


 眼が見えていない柿の種の巫女がその光景に顔をそむけた。

 獣人墓地は驚くほど大勢のゾンビや骸骨で込み合っていた。おぞましい姿の骸(むくろ)が群れている景観は、眼が見えていない柿の種の巫女にも霊感で、その汚さが十分感じられた。


「見苦しい!」


 ドルルルルルルルルルルルルッ


 柿の種の巫女は、バルカン砲を横薙ぎに掃射した。

 もともと風化してもろくなっているゾンビの体や骸骨は、柿の種弾の弾幕で次々と粉微塵に吹き飛んだ。

 幸運にも第一撃を免れたゾンビ達は、分厚い墓石を盾にして隠れた。

 柿の種の巫女は、構わず墓石に滝のような掃射を浴びせ、隠れたゾンビや骸骨を墓石ごと粉々に破砕した。

 墓石に隠れても駄目だとわかったゾンビ達は、逃げ場を求めて墓地を走り回った。


 ドルルルッ

 ドルルルッ

 ドルルルッ


 柿の種の巫女は、バルカン砲を乱射しながら、ゾンビ達を追いかけ、追い詰め、確実に粉砕した。

「降伏します。抵抗しませんから許してください」

 最後に残ったゾンビ達が恭順の意を表した。

「幼女巫女は捕虜は取らない」


 ドルルルルルルルルルルルルッ


 最後のゾンビ達がただの土塊(つちくれ)になった。

 ゾンビは一人残らず抹殺され、獣人墓地は破壊され外人墓地に戻った。しかし、かつての外人墓地は瓦礫の山と化し、美しかったその景観は永久に失われた。

 柿の種の巫女のいくところ、形あるものは残らなかった。

 情け容赦なき破壊神。

 柿の種の巫女恐るべし––––––


 妖館の重い木の扉を押して、蛸酢の巫女は中に入った。

 ハイセンスな食器類や燭台が並べられた豪華なダイニングテーブルのある部屋で、人獣と妖怪が楽し気にだべっている。

 そこへ蛸酢の巫女は場違いな出刃包丁を両手に下げて入っていった。

 小さい幼女なので、刃物を持っていてもさほど脅威には見えない。

 一目見て人獣は蛸酢の巫女を甘く見た––––––それは大きな間違いだったが。

「旨そうな赤ずきんちゃんが来たぞ」

 人狼は牙を剥き、涎(よだれ)を垂らした。

「あ、狼さんや。うちのことを食べる気いかいな」

 何故か蛸酢の巫女は関西訛(なま)りがある。

「そうだとも。赤ずきんちゃん、そのぶっそうなものをこっちによこしな」

「うちのこと食べんといてくれる?」

「そうはいかんな。お前さんは柔らかくて旨そうだし、このテーブルには皿とナイフとフォークが揃っているからな」

「それやったら、こっちにも考えがあるわ」

 蛸酢の巫女は、突如意外な機敏さで跳躍し、出刃包丁を人狼の額に突き刺した。


 クッ


 人狼は叫び声を立てる間もなく絶命し、出刃包丁が額に刺さったままで仰向けに倒れた。

 それを見て一緒にいた禿げ頭の妖怪、蛸入道が慌(あわ)てた。

 蛸酢の巫女は、死んだ人狼の額から出刃包丁を引き抜き、二刀の出刃包丁を構えて蛸入道にじりっと迫った。

 人型だった妖怪は正体を顕わし、赤茶色の八本の足で蛸酢の巫女に襲い掛かった。

「あほかいな。飛んで酢に入る蛸の足や!」

 ––––––かなり慣用句が間違っている。

「それも言うなら飛んで火にいる夏の虫だろう」

 蛸入道が嘲った。

 が、蛸酢の巫女の包丁さばきは間違いなく本物だった。 

 蛸入道の八本の足は、たちまち切り刻まれて蛸ブツになり、丸い頭に二本の出刃包丁を突き刺されて息絶えた。

「関西人をなめたらあかんで!」

 蛸酢の巫女は言い捨てて、休みなく次の妖館へ向かった。

 「妖館」から人獣や妖怪を一掃して「洋館」を奪還するのが、蛸酢の巫女の役割だった。狭い室内での白兵戦には出刃包丁は適した武器なのだ。蛸酢の巫女が向かうところ、人獣や妖怪がたちまち膾(なます)切りになって転がった。

 幼女巫女の中で一番凶暴なのは、関西弁の蛸酢の巫女のようだった。

 恐怖の巫女板前。

 蛸酢の巫女恐るべし––––––


 たったったったー


 焼き菓子の巫女は通りを軽やかな調子で走っていた。

 両手に真っ赤に焼けた焼きごてを持っている。

 道で人獣や妖怪に出会うたびに、ニコニコマークや〇死の烙印を押して回る。

 焼き菓子の巫女の烙印はただの火傷ですまない。烙印が火を発し、体全体を焼き尽くして殺す。一度烙印を押されたらそれは死を意味する––––––恐ろしい死の烙印なのだ。

 通りの向こうから巨大なゴリラ人獣がやってきた。

 焼き菓子の巫女は、素早い焼きごてさばきで、大きなゴリラ人獣の体に何か所も烙印を押した。

「熱っ!この野郎仕返しするぞ」

 火傷を負わされた熊男は焼き菓子の巫女につかみ掛かろうとした。

「それは無理じゃ。お前はもう死んでおる」

 どこかで聞いたような台詞を吐き捨てて、焼き菓子の巫女は次の標的を求めて走り去った。


 たったったったー


 ぼわーっ

 

 背後で何か所もの烙印から発火したゴリラ人獣が、もだえながら火だるまになって焼け死んだ。

 焼き菓子の巫女の通り道には、至るところに焼死体が転がった。

 死の烙印者。

 焼き菓子の巫女恐るべし––––––

  

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