第18話 妖獣租界5
白玉フルーツの巫女は生まれてきた時から、全然強そうではなかった。
表情はまったりしているし、話し方もおっとりしていて、武器はフォークとスプーンだ––––––どうみても戦闘のための巫女には見えなかった。
なぜ不知光の巫女がそんな弱そうな巫女を、妖獣租界での戦闘に派遣したのか理由がわからなかった。
白玉フルーツの巫女は、今は髑髏坂と呼ばれているかつての地蔵坂から山手に登ろうとしていた。しかし、三分の一ほど登った時、急な坂の上から大きな髑髏が転がり落ちてきた。髑髏は転がりながら雪だるまのように大きくなり、坂を登りかけていた白玉フルーツの巫女をボーリングのピンのように弾き飛ばした。更に白玉フルーツの巫女は、転がる巨大化した髑髏の回転に巻き込まれて、髑髏と一緒に坂の下まで転がり落ちてしまった。
坂の下で、大きな髑髏の下敷きになってノックアウトされた白玉フルーツの巫女を助け出したのは、高見澤と楓だった。
人の背丈ほどもある髑髏を二人で押して転がした。髑髏の下敷きになった白玉フルーツの巫女は大の字になって気絶していた。
転がされた巨大な髑髏が、剥き出しの歯をカチカチかみ合わせて二人に向かってきたところを、高見澤がショットガンで粉微塵に吹き飛ばした。
至近距離から撃つことを想定された短胴二連装ショットガンは、コンパクトで携帯に便利だった。
「マサさん、その銃凄いですね」
「人獣キラーていう特製の銃だ。大粒の鉛の散弾だから破壊力がある」
高見澤は得意げだった。銃身がガシャッと開き、大きな真鍮の薬莢を排莢し、手で弾を込めた。
「かたじけのうござりまする」
髑髏の下敷きになって気を失っていた白玉フルーツの巫女は、ショットガンの銃声で意識を取り戻して起き上がった。
「大丈夫?」
楓は泥にまみれた千早と緋袴を払ってあげた。
「恐れ入ります。大丈夫です。髑髏が大き過ぎて不覚を取りました。白玉フルーツもう一度参ります」
白玉フルーツの巫女はそう言うと、再び急な髑髏坂を駆け上っていった。しかし、そこにまたゴロンゴロンと大きな髑髏が転がってきた。
白玉フルーツの巫女は髑髏の前に両手を開いて立ちはだかった。
「止まれっ」
と言ったものの、勢いのついた髑髏はまたもや白玉フルーツの巫女を巻き込んで、坂の下まで転がり落ちてきた。
楓と高見澤はまた髑髏の下敷きになった白玉フルーツの巫女を助け出し、髑髏をショットガンで破壊した。
「重ね重ねの御助勢かたじけのうござりまする」
白玉フルーツの巫女は膝をついて起き上がった––––––二度の落下で大分弱っているように見えた。
「君は妖気の巫女なんだよね」
高見澤がきいた。
「はい、さようでございます」
「不知光(しらぬい)の巫女みたいに飛べるんだよね」
「もちろんです」
「じゃあ、坂を歩いて登らずに、飛んでいけばいいんじゃないのか?」
「いいえ、この坂はなんとしても歩いて登り切らねばなりませぬ」
「なんでなの?こだわりがあるみたいだけど」
「二〇三高地を忘れたのですか?」
「は?」
「日露戦争で、旅順港にあったロシアの旅順艦隊を撃破するために、二〇三高地を奪取したではありませんか」
「なんか聞いたことあるような気がするけど」
「二〇三高地は旅順を見下ろして砲撃する観測射撃のための戦略ポイントだったのです」
「歴史勉強しなかったんだ」
「マサさんは歴史だけじゃなくて、何にも勉強してないですよね」
楓が咎(とが)めるように言った。
「高さが二百三メートルあるので二〇三高地といいます」
「それは山手と比べると随分高いな」
「二〇三高地からの砲撃で、先の黄海海戦で痛めつけていた旅順艦隊に止(とど)めをさしたのです」
「そうなのか」
「両軍多大の犠牲を出した二〇三高地の攻防戦は日露戦争でも最も激戦でした」
「なるほどね」
「榴弾砲と機関砲の砲弾が飛び交う中、死を賭して占領した二〇三高地に思いをいたせば、これほどの坂を登れぬわけはありませぬ」
「まあ、そうかもね」
「日露戦争以前に西南戦争の田原坂は六十メートルでした」
「それなんだっけ」
「マサさんて西南戦争も知らないですか」
「田原坂って歌にあったような気がするけど」
「田原坂は加藤清正公が城の北面の守りとしていた要衝で、熊本城へ向かおうとする官軍と、ここで防衛陣地を築いていた西郷隆盛の率いる薩軍が激戦を繰り広げました」
「それで?」
「官軍が薩軍に対して、多大の犠牲を払いながらも田原坂を登りきることができたので、今のこの国があるのですよ」
「そうなのか」
「この山手は高々四十メートル弱の標高です。二〇三高地の二百三メートル、田原坂の六十メートルと比べれば、これしきの坂を歩いて登れないようでは、子々孫々までの恥となりましょう」
「それちょっと大袈裟じゃないかな」
「いいえ。山手の妖獣租界での戦いは、魔の者達との初めての本格的戦闘です。間違いなく歴史に残る戦いになります。その一戦にわずか四十メートル弱の坂を登れなければ、巫女としての名折れです」
「ちょっと自分に厳し過ぎるんじゃないかな」
「初志貫徹。白玉フルーツもう一度参ります」
そう言って白玉フルーツの巫女は、髑髏坂に第三次攻撃を仕掛けようとした。
「あの、あまり言いたくはないですが、こんなことやっているうちに戦いが終わってしまうかも知れませんよ。そもそも戦場にたどり着けなかったとしたら、もっと恥ではないですか」
楓が鋭い点を指摘した。
「うっ」
白玉フルーツの巫女は思わず両手で胸を押さえた。
「今のお言葉、白玉フルーツ胸にビビッと突き刺さりました」
「私達は歩いて登りますから、あなたはどうぞ気にせず、妖気らしく飛んでいってください」
「何をおっしゃいます。幾度となくお助けいただいたお二人を置いて、私だけが飛んでいくなどという恩知らずなことができましょうや」
白玉フルーツの巫女はそう言うと、袖からゴム風船を取り出してぷーっと膨らませた。更に膨らませた三つ風船に紐をつけて持ちやすくした。
「これをどうぞ」
白玉フルーツの巫女は、楓と高見澤にも風船を渡した。赤、青、黄色の三色だった。
「私は武術は最低なのですが、霊力は人後に落ちません」
そう言うと白玉フルーツは印を結び、呪文を唱えた。
オン・アロリキヤ・ソワカ
そうすると、風船の浮力が増し、高見澤と楓の体は宙に浮いた。
「おおっ」
「これ素敵!メアリーポピンズみたい」
「参りましょう」
白玉フルーツの巫女も浮き上がり、風船の浮力で三人は一気に丘の上まで上がった。
髑髏坂の上には、髑髏を転がしていた髑髏妖怪がいた。
「こいつだったんだな」
高見澤の短胴二連装ショットガンが火を噴き、髑髏妖怪は粉微塵に吹き飛んだ。
「それ、一度私にも撃たせてください」
楓は高見澤の武器をすっかり気に入った。
「これはライセンスがいるんだ」
そう言いながら、高見澤はバレルを折って排莢し、新しい弾薬を込めた。
「その弾を詰め替えるところが、なんか西部劇みたいで好きです」
「夕陽のガンマンだ」
西部劇ファンの高見澤は得意になった。
丘の上の山手本通りには、焼き菓子の巫女の焼きごてで烙印されて、焼死体になった人獣や妖怪がごろごろしていた。
ドルルルッ
ドルルルッ
何処かで柿の種の巫女が撃っているバルカン砲の腹に響く銃声が断続的に聞こえた。
目の前にあった妖館から、妖気が飛び出して来た。逃げる妖気を追いかけてきたイカ天の巫女が、妖気に薄力粉を投げて火炎放射器で天ぷらに揚げた––––––死霊や妖気を殺すことにかけては、イカ天の巫女の右に出る者はいない。
同じ妖館から今度は巨大なナメクジのような妖怪がせっせと這い出して来た。しかし、幼女巫女の追撃を振り切るにはナメクジはあまりにも遅過ぎた。
スパスパスパスパスパーッ
追ってきた蛸酢の巫女が、二刀の出刃包丁でナメクジ妖怪を瞬く間に膾(なます)切りにした––––––蛸酢の巫女は必要以上に切り刻まないと気がすまない凶暴な性癖があるようだ。
たったったったー
そこへ、焼きごてを手にした焼き菓子の巫女が走ってきた。
「敵の残党は『司政官の家に』立て籠もった」
それって「外交官の家」じゃなかったかしら––––––
楓は山手の洋館の一つにそんな名前の家があったことを思い出した。
みんなで司政官の家まで行くと、その前にはバルカン砲を構えた柿の種の巫女が待っていた。
「あの家が妖獣租界最後の敵の砦だ」
幼女巫女のトップガン柿の種の巫女は、強そうでかっこよかった。
「ごめんなさい。実は私はまだ自分の仕事ができておりませぬ」
白玉フルーツの巫女が正直に告白した––––––カフェ担当の白玉の巫女は、まだ全然カフェの掃討を終えていなかったのだ。
「急いでやりますから、最後の砦の攻略は、みなさんにお任せいたします」
そう言うと白玉フルーツの巫女は駆けだした。
高見澤と楓は司政官の家は他の幼女巫女達に任せておけばいいと思い、より心配な白玉フルーツの巫女を追いかけた。
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